■黒い白百合 (くろいしらゆり)-57.練度不足(2016年06月19日UP)

 「盾ももうちょっと、練習せななぁ……巧いこと守れたん、二本松さんだけですやん」
 「サンちゃん、盾は攻撃来る方に向けなアカンねんで。今回はちょっと切れて、カッパ頭になっただけで済んだけど……」
 「はい。すみません」
 三千院が小さくなって、鴨川と嵐山課長に頭を下げる。頭は、改めて散髪してもらい、短い方に刈り揃えられていた。中学以来のスポーツ刈りに、失態のけじめとして頭を丸めたような気マズさがあった。
 「まぁ、でも、ウチらが言うたことはちゃんとできてたし、あの状況でよぉやったゎ」
 「一応、【消魔符】は守ったしな。本物は高いから、鍋の蓋か何かでよぉ練習せななぁ」
 嵐山課長と鴨川が、取ってつけたように褒める。
 三千院は、現場で瞬時に状況を分析し、自分の判断で適切な行動を取るには、まだまだ経験不足だ。今回の事件で身を以て痛感した。
 考えるより先に動けるまで訓練を積まなければ、今度こそ、殉職しかねない。

 ……他府県の魔道犯罪対策課や、自衛隊の特殊部隊はどうしてるんだろう?

 魔道犯罪対策課の前年、魔道災害に対応する為に自衛隊の特殊部隊が新設されている。
 都道府県ではなく、国家レベルで予算が配分されているので、警察よりも装備が充実しているような気はするが、具体的な内容は公開されていない。
 三千院が質問する前に、大原が一同を見回して聞いた。
 「練習て……他所さん、どなしてはんねやろな?」
 「鍛えてどないかなんねやったら、ナンボでも鍛えるけどなぁ」
 二本松が苦笑した。
 「あんたらはまだ、視えるからえぇわ。もし……やで。俺らが普通の事件や思てヤサ踏み込んだら、犯人が魔法使いやったり、魔法の道具持っとって、今回みたいに魔物ドーンぶつけられたら、なんもわからん間ぁにイチコロや」
 橘警部が手刀で首を掻き切るマネをしながら、魔道犯罪対策課の見鬼たちを見回す。

 ……えっ? ……あ! そうか……

 三千院は愕然とした。
 相手が視えなければ、身を守ることも、避けることもできない。
 当たり前のことだが、魔物を使役できる犯罪者には、少なくとも、それが視えている。生来、霊視力を持っている三千院には、視えない者の視点が欠けていた。
 見鬼と半視力の能力差は、致命的なまでに大きいのだ。
 「民間の活用も含めて、もうちょっと偉い人らに、ちゃんと考えて貰わんとなぁ……」
 嵐山が頭を抱える。
 古都府警の職員全員を調べ上げた末の寄せ集めが、現在の魔道犯罪対策課だった。
 「せやなぁ。あの学生さんも、警察にはならんと思うけど、視えてはったしなぁ」
 大原が同意する。
 贄となった江田英美(えだえいみ)の「中身」が視えたからこそ、今回の事件が発覚したのだ。巴が気付かなければ、今頃は移魂の渦が完成していたかもしれない。新月も、この国の見鬼の少なさに胡坐をかいて、杜撰なやり方で邪法を実行していた。
 「そない言うたら、カモさん。ムショのお見舞いに、被害者の幽霊が視えるようになるオマジナイしてはるて、聞いたことあんねやけど、あれ、ホンマでっか?」
 二本松が机に身を乗り出して聞く。鴨川は、頭を掻いて答えた。
 「まぁ、ホンマや言うたらウソではないんやけどな、オマジナイ言うて、それ、【括目】の呪符や」
 「それ、なんですのん?」
 二本松と大原の声が揃う。
 「自分の視力をちょっとの間だけ貸す術の呪符ですゎ。ちゃんとした魔法使いがやったら、一週間は視えっ放しになんねやけど、呪符やと……まぁモノによるんやけど、せいぜい、一日二日やな」
 「それで、高こつくねんな?」
 橘警部の確認に、鴨川は頷いた。
 大抵の呪符は、数万から数十万する。三千院は、鴨川が自費でそんなことまでしていることに、尊敬すればいいのか、呆れればいいのか、判断し兼ねた。
 「俺らが知らんだけで、ホンマはこのテの事件、もっとよぉけあるん(ちゃ)うか?」
 二本松が薄気味悪そうに一同を見回し、橘警部が眉間に皺を寄せた。
 「ほな、それ、よぉけ仕入て貰わんとなぁ。命がナンボあっても足らんで」
 「カモさん、お得意さんやろ? ナンボか負けて貰われへんの?」
 河原が鴨川の顔を覗き込む。
 鴨川は手を振って否定した。
 「いやいや、そんなお得意さん(ちゃ)うから、一個も負けて貰われへんで」
 「予算足りないったって、次、こんな事件あったら、今度こそ人死にが出るんスけど」
 中大路が橘警部と嵐山課長に食い下がった。
 「そない言われても、予算決める人らは、私らとは偉い人のレベルが(ちゃ)うからねぇ」
 嵐山課長は、申し訳なさそうに眉を下げた。

 押収した魔道書は、三千院が解読した。
 新月が壺の魔物を贄の身体に入れ、贄から抜いた魂を壺に入れて運び、百合に移したこともわかった。
 「白神さんが遭(お)うた言うてはった『壺持った若い変質者』て、新月のことやってんな……」
 内容を簡潔に報告すると、大原が溜め息をついた。
 三千院は、苦い後悔に胸を焼き焦がされる思いだった。

 ……現場を直接視たのに、何もみつけられなかった。何もできなかったなんて……俺にもっと、真実を見る目があれば、助けられたのに。

 贄にし損ね、顔を見られたと思い、殺害したことは容易に想像できた。
 本人が黙秘しても、壺で【(ただ)しき燭台(しょくだい)】に触れれば、明らかになる。
 贄の身辺を調べ上げていたなら、白神百合子が、巴経済(ともえつねずみ)と婚約していたことも、把握していたのではないか。

 ……自分も婚約者がいる癖に、どうしてこんな酷いことができるんだ?

 三千院には、邪法を行使した新月の気持ちが全く想像できない。わかりたくもなかった。

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