■黒い白百合-05.鬼女紅葉(2016年06月19日UP)
「成程ねぇ、それで親御さんが捜索願、出しはったんやね」
嵐山課長が頷いた。
携帯電話のGPSログの解析が済めば、何か手掛かりが掴めるかもしれない。
江田が、不安に震える声で質問する。
「あの……もう一人の刑事さんが言ってたんですけど、体が空っぽで、私、何日くらい生きてられるんですか?」
「意識があらへんかったら、ごはん食べられへんやろから、三日……どない頑張っても、一週間は無理やろなぁ」
「でも、十日は経ってんねやろ? 病院で点滴か、何かに乗っ取られたんか、どないかして生かしてんねやろね」
鴨川の答えを嵐山課長が補足する。
「刑事さん、人間の体を乗っ取る『何か』って何ですか?」
その質問に鴨川がそっけなく答える。
「知らんがな。通りすがりの幽霊か、魔物か何か。何せ、実体があらへん奴ちゃな」
「えっちょっと、私の体勝手にって、酷いじゃないですか。早く捕まえて下さいよ」
江田が憤りって机を叩いた。拳は天板をすり抜け、何の音も立たない。
鴨川が、形のいい眉を吊り上げる江田を宥める。
「まぁまぁ落ち着いて。まだ居所もわからんし、そうと決まった訳やないねんから」
「今は事件と事故、両方で動いてもろてるから、情報がわかるまで、待っといてな」
嵐山課長が、実体を失った女子大生を安心させようと、やわらかな笑顔を向けた。
三千院は、先輩と上官が江田を宥めるのをぼんやり見ていた。
現時点では、魔道犯罪対策課にできることはない。そもそも、魔道課の管轄なのかどうかさえ、わかっていない。
三年前に新設されたばかりの部署だ。
警察内部ですら、正確にその役割を理解している者は少ない。大原のように「心霊捜査官」だと思い込んでいる者が大半だ。
被害者の霊から、犯人を直接聞き出せば、殺人事件がすぐに解決すると思われているが、現実はそう甘くない。
死亡前後の記憶は、抜け落ちることが殆どだ。それに、死んだからと言って、全ての人間が正直者になるなどと言うことはない。生死に関わらず、人間は人間だ。被害者の嘘に惑わされ、捜査を誤れば、取り返しのつかないことになりかねない。
少なくとも、
「今日はここ泊まる? 寂しいやろから、休憩室でテレビ点けといたげよね。何見たい?」
嵐山課長が、江田を気遣う。
どう見ても、人のよさそうな普通のおばちゃんだ。
ハメられて吊った被害者等から、手口や証拠の在り処を聞き取り、入念な裏付け捜査の上で逮捕する。
嵐山紅葉が挙げた被疑者の有罪率は、ほぼ百%。「
魔力はないが、霊視力がある為、魔道犯罪対策課が新設された際、課長とする辞令が出た。上司、同僚から「何でそんなワケのわからん部署に……」と惜しまれながらの栄転だった。
江田が、おばちゃん刑事の気遣いに微笑みを返す。
「ありがとうございます。ずっと何もできないのに、全然眠くならないし、暇で暇で死にそうだったんです」
「あはは。そんなん言えるくらいやったら、まだまだ生きてるゎ」
その遣り取りを横目に、三千院は鴨川に小声で聞いた。
「あの、鴨川さん、どう思います?」
「ん? そんなん、わからん。まずは、さっきモミジさんが言うてはったみたいに、科学捜査の情報が集まってからやな。今、一課にも誘拐の線で相談してるし」
ひょろりと背が高く、風采の上がらない大人しげな外見からは、マル暴対応をしていたなどと、想像もつかない。
組員に憑いた死霊、生霊、守護霊などから、発覚していない事件の詳細を聞き取り、綿密な裏付け捜査の上、逮捕するところまでは、嵐山と同じだ。
逮捕後、取調室で被害者の怨嗟の声を微に入り細に穿ち、語って聞かせる。
どこから手に入れるのか、霊視力を持たない【
鴨川自身は、否定も肯定もせず、笑っている。
嵐山同様、霊視力はあるが、魔力はない。こちらも、冤罪や証拠不十分で不起訴になる事件は、ほぼなかった。
逮捕した被疑者の服役中は時折、面会に行き、憑いている人々の言葉を伝える。
受刑者は出所後、精神を病んで元居た組織から破門されるか、足を洗って仏門に入るか、ふたつにひとつ。「ホトケのカモさん」として、恐れられている。
今回の事案では二人とも、被害者本人が何も知らない以上、どうすることもできないようだ。
三千院は、霊視力があるから、と親戚の勧めで古都大学の魔道学部に進学した。
魔力がない為、魔法の道具の仕組みを研究していたが、メーカーや専門の商社には就職せず、警察学校に進んだ。
卒業後の二年間、そんな能力や学歴とは無関係に、古都市内の交番で「普通のお巡りさん」として勤務していた。
今年度、魔道犯罪対策課に配属されたばかりの三千院には、「一般的な魔術の知識」はあっても、実務の経験が少ない。
幽界に属するモノが視えるだけで、霊能者や聖職者のように、除祓や浄霊ができるわけでもない。
上官と先輩以上に、何が起こっているのか、わからなかった。