■黒い白百合 (くろいしらゆり)-19.身体帰還(2016年06月19日UP)

 八方塞がりのまま、二日が過ぎた。
 一課と生活安全課では、地道な聞きこみを続けているが、手掛かりは得られていない。

 江田の母親は下宿に泊まり、掃除などをして娘の帰りを待っていた。毎日、捜査員が顔を出し、様子をみている。
 本人の帰宅や、訪問者などの動きはない。
 魔道犯罪対策課は、万一のことを考え、家族には、中身を保護している件を伏せていた。
 江田英美本人も、「どうせ、お母さんには視えないし、心配してる顔、見たくないから」と、下宿に戻りたがらない。
 飯田も同様の理由で自宅に戻らず、府警に居る。
 同じ境遇の二人で居ると気が紛れるのか、保護直後より、表情が和らいでいた。

 夕方、三千院が聞きこみから戻ると、飯田が血相を変えて魔道課に駆け込んできた。
 「飯田さん、どうしたんですか?」
 「江田さん、視ませんでしたか? トイレも他の部署も探したんやけど、居てはらへんのです」
 「まぁまぁ、落ち着いて、下宿の様子、見に行ったとかやあらへんの?」
 先に戻っていた嵐山課長が宥めにかかる。
 「全然。一緒にドラマ見とったのに、ひょっと横向いたら、消えてもたんです。成仏してもたんちゃいますやろね?」
 「ちょっと席を外しただけかもしれませんよ。一緒に視てみましょう」
 動揺する飯田と共に、三千院は休憩室に入った。

 無人の休憩室で、テレビが点けたままになっている。
 三千院は、目を凝らした。
 テレビ台の影に小さな雑妖が、数匹居る。それ以外、何の気配もなかった。
 飯田をその場に残し、魔道課が入っているフロアを嵐山課長と手分けして探す。
 戻ってきた鴨川も加わり、三人で手分けして庁舎内を隈なく回る。
 まだ見つからない内に、嵐山課長にケータイで呼び戻された。
 魔道課に一課の二本松、橘警部も集まっている。嵐山課長が、詳細を説明した。
 「江田さんの体が見つかった、て川端署から連絡あってん。中身が居らんようなったんは、体に戻ってたからやったゎ。本人さんが歩いて署まで来はったて。今から行って、直接、話さしてもらうで」

 江田英美は、婦人警官と大原に付き添われ、川端署の会議室でコーヒーを飲んでいた。
 江田自身にも、何が起こったのか理解できておらず、混乱していたが、特に目立った外傷はない。
 無事な様子に一同、安堵した。

 気が付いた時、江田の体は、屋外のベンチで横になっていた。
 頭はぼんやりしていたが、体に痛みなどはなく、すんなり起き上れた。
 周囲を見回したが、知らない場所だった。
 しばらくじっとしていると、警備員に声を掛けられ、古都大の敷地内だとわかった。
 所持品なし。服装は失踪時のままだった。
 古都大学を出て、そのまま自分の足で歩いて川端署に来たと言う。

 「周りに誰も居なかったんですか? 五時過ぎでも、サークルや実験で学生さんは結構、残ってますよね?」
 「いえ、その時は全然。校舎と校舎の間で、警備員さんが来るまで、私一人でした」
 元に戻った喜びよりも、驚きの方が強いのか、自分の掌(てのひら)を見詰めながら、握っては開き、握っては開き、している。
 古都大学へ事情聴取に行った生活安全課の捜査員が、戻ってきた。

 警備員は、江田英美が行方不明者だとは、気付いていなかった。
 体調が悪いのかと思い、声を掛けた。本人が大丈夫だと言ったので、門まで送ったと言う。
 江田が居た辺りは、サークル棟や研究室からは遠い。
 講義が終われば、学生はその区画には立ち寄らない。
 「変質者や泥棒が居(お)ったらあかんので、そう言う所も、定期的に巡回しとります」とのことだった。

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