■黒い白百合 (くろいしらゆり)-59.人生設計(2016年06月19日UP)

 嵐山課長も同じ疑問を抱いたのか、世間話のような調子で聞いた。
 「普通て、どんな普通なん?」
 「普通は普通や。結婚して、俺おって、ヨメおって、子供生まれて、俺働いて、家帰ったら、ヨメがメシ作りもって(つくりながら)、『おかえり』とか言うて……そう言う普通や」
 「あ……あぁ、はい、凄く……普通……ですね」
 三千院は拍子抜けし、思わず頷いた。
 絵に描いたように平凡な幸福像だ。
 「ホンマにそんな、普通の生活したいねやったら、何でこんな普通やないことしたん?」
 嵐山課長も首を傾げる。これも尋問ではなく、思わず発した問いだ。
 新月は視線を落とし、目を閉じた。

 十秒程待ち、嵐山が問う。
 「それ、黙秘?」
 新月の目から、涙が零れた。三千院は、嵐山課長と顔を見合わせた。
 「ちょっと、休憩しよか?」
 嵐山課長が、やさしく声を掛ける。
 新月は、弱々しく首を横に振った。袖で頬を拭い、顔を上げる。
 「俺は……小百合と一緒に、普通にしたかっただけやのに……あいつが全部、無茶苦茶にしたんや」
 「あいつて、誰? 結婚に反対する人が居るん?」
 新月は、涙で声を詰まらせながらも、はっきりと答えた。
 「(ちゃ)う。三反長総作(さんだんおさ そうさく)……小百合を轢逃げした奴や」
 充血した目が、空を睨む。
 三千院は、その名に聞き覚えがあった。去年、交番でうんざりする程、書類を作ったママ友事件。窃盗などで逮捕したベテランママの夫が、三反長総作だった。珍しい名だが、同姓同名の可能性もある。
 「半身不随なんやてね。お気の毒に」
 嵐山が同情を口にする。
 「刑事さんも、小百合が可哀想や思うか?」
 「そら、まぁねぇ。酒気帯びの信号無視やし、黒井さんに落ち度なんかあらへんのに、あんなんなって……」
 三千院は驚いた。
 嵐山課長は、事故の詳細に目を通して来たらしい。
 「せやろ。警察の人間でも同情するくらい、酷いやろ? せやから俺、あいつを呪ったったんや」
 「事故が三月で、轢逃げの公判前に病死したんやってね。まだそんなトシでもないのに、誤嚥性肺炎……」
 「何や、知ってるんか。まさかあんな、あっさり死んでまう思わんかったけどな。もっと苦しんで苦しんで、じっくりたっぷり、この世の地獄、見したりたかったのに……」
 新月が口元を歪めた。
 「そんなんしても、黒井さんの体は元通りにならへんのに……」
 「刑事さんは、三反長(さんだんおさ)がどんな奴か知らんから、そんなん言えんねん。『嫁はんが泥棒で捕まった上に、不倫やの何やの、あることないことネットで流されて、ストレス溜まっとるから酒が増えた。子供五人おって、ただでさえ学校でとやかく言われてんのに、父親まで居らんよぉなったら、子供どないんすんねん。一番下、まだ幼稚園やのに』やの何やの。ひたすら『俺悪ない』と『子供可哀想』でお涙頂戴ばっかり。一言の詫びもないし『泥棒の弁償でもう金ないから、治療費は出せん』ぬかしやがって、しかも、保険切らしとってやな……」
 新月は目を血走らせ、一気に捲し立てた。
 「えっ?」

 あれっ? ホントにあのママさんの旦那さん? 世間って狭いなぁ……

 三千院が思わず、驚きを漏らす。
 嵐山課長が厳しい視線を向け、すぐ新月に目を戻した。
 「ストレス溜まっとったら、人轢いてもえぇんかッ?」
 「いや、アカンけど、せやから言うて、呪殺はもっとアカンで? わかってる?」
 「呪殺? 俺、呪(のろ)た言うたけど、殺したとは言うてへん。そもそも、楽に死なしたる気ぃなかったし。俺の呪いと三反長(さんだんおさ)が死んだんの因果関係なんか、立証でけんやろ」
 術者である新月の身柄は、今まさに警察にある。その件も、【(ただ)しき燭台(しょくだい)】を使えば立証可能だ。
 未発覚の魔道犯罪を自供したことに気付いていないのか、新月は勝ち誇った笑みを浮かべた。

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