■黒い白百合 (くろいしらゆり)-06.聞きこみ(2016年06月19日UP)

 翌日、三千院は大原の聞きこみに同行した。
 「まだ、事件か家出かよぉわからん状態なんで、一課が出て来るまで、当面、生活安全課でやりますよってに」
 「こちらこそ、宜しくお願いします」
 備東(びとう)の住所に向かう車中で、情報交換する。

 備東安美利(びとうあみり)も、この辺りに多い、学生向けの安アパートに住んでいた。
 「備東さん? さぁ? 最近も見ぃひん(みない)けど……
  前からあっちこっち、遊び歩いてはるみたいやからねぇ(あそびほうけてらっしゃるみたいだからねぇ)……」
 アパートの隣に屋敷を構える大家が、言葉を濁す。
 大原は備東の実家を聞きだし、丁重に礼を述べて、住人への聞きこみに移った。

 「ふーん。この人、ビトウさん、言いはるの? え? 行方不明? ふーん」
 隣室の中年女性は、隣のドアを顎でしゃくった。
 「あぁ、帰って来た日ぃはね、よおぉわかりますよ。ナンボ言うても、夜中にヒールでカンカンカンカン、階段上がんの止めはらへんからね。ウチも下の人も、何遍(なんべん)も苦情言うて、大家さんにも言うてもろてんけどね……」
 「誰かとトラブルになっているとか……?」
 三千院が恐る恐る質問する。
 「そんなん、ここらの人、みな、怒ってはるゎ(おこってらっしゃるのよ)。居る時はステレオ、ガンガンかけて、近所迷惑な。最近静かになってくれて、ホッとしとりますゎ」
 「あぁ、そら、大変でしたねぇ」
 大原が、おばちゃんを(いた)わる。
 「ホンマにねぇ。こないだも、二股かけてはったんか知りませんけど、若い男のコが訪ねて来はって、戸ぉの前でしばらく騒いではったゎ。お隣は、ずーっと留守で、うんともすんとも返事なかったから、小一時間騒いで帰らはったゎ」
 「二股?」
 大原と三千院と江田の声が重なる。
 「こないだて、日にちは覚えてはりますか?」
 「うーん、十日程前? いや、もっと前かぃなぁ? 何せ、静かになって二、三日してからやゎ。やれ『ここで同棲してるんか』やの『どっちが本命かはっきりさせぇ』やの『今やったらまだ許したる』やの何やの……」
 「その男性のお名前とか、わかりますか?」
 隣のおばちゃんは宙を見詰め、思い出しながら答える。
 「さぁねぇ。とっかえひっかえ、しょっちゅう、ちゃう人が出入りしてはったし、ウチらも付き合いありませんよって、怖いから戸ぉも開けてへんし……顔は見てへんけど、声は若い感じやったゎ」
 「そしたら、また、そんな男の人訪ねて来て、玄関先で騒ぐようやったら、警察言うたって下さい。急ぎやなかったら#9110へ、お願いします。何かあるといけませんよって、奥さん、直接言わんと、警察呼んで下さいね」
 大原は不審者対応を助言し、隣のおばちゃんに念を押した。
 隣のおばちゃんが、ハッと何かに気付いた顔で、大原に質問する。
 「刑事さん、これ、ひょっとしてアレなん? 最近流行りの、えー……ストッキング?」
 「ストーカー事件かどうか、まだわかりませんのやゎ。捜査に支障が出たり、奥さんらにご迷惑があるといけませんよって、詳しいことはお知らせでけんのですゎ。堪忍したって下さい」
 大原がさりげなく勘違いを訂正し、隣のおばちゃんの安全第一を前面に押し出しつつ、やんわり質問を躱(かわ)す。
 三千院は、ベテラン刑事の話の持って行き方に感心した。
 隣のおばちゃんはそれで納得し、それ以上、質問しなかった。
 「はぁ、そらそうやわねぇ。何をどない逆恨みされるか、わからしませんもんねぇ。怖い怖い。早よ、犯人捕まえたって下さいねぇ」
 「はい、鋭意邁進、頑張ります」
 大原が大仰に敬礼した為、三千院もそれに倣って、アパートを辞した。

 警察車両の中で、互いに推測を述べる。
 「男女関係のもつれで、どっか捕まってんのやろか?」
 江田が大きく頷いた。
 「あー、備東さんなら、あり得るー」
 「備東さんなら、あるかもって、何か心当たりでも?」
 「心当たりって言うか、コンビニでも色々あって……」
 備東安美利は、アルバイト先のコンビニで、店長をはじめとする男性従業員、男性客らのウケは良かったが、女性従業員と女性客の心証はすこぶる悪かった。
 雪のように白い肌、対照的に闇のように黒い髪、小柄で華奢で、思わず守ってあげたくなるような美人だった。但し、中身は相当に強(したた)かで、異性が居る場と同性だけの場では、別人のように態度が変わった。
 「性格ブスって、あー言う人のコト言うんでしょうねー。男の人って、そう言うの見抜けないから、備東さんがサボって私達に仕事押し付けたり、レジのお金誤魔化したり、おばちゃん客の応対が雑(ザツ)かったりするの伝えても、なぁなぁで済まされたり、ブスの僻(ひが)み呼ばわりして、私達が悪者にされてるんですよ。それに、誰とも付き合ってないのに、男だったら誰にでもイイ顔するから、勘違いされて、一時期ホントにストーキングされてたらしいですし。さっきのおばちゃんが言ってましたけど、アパートにもしょっちゅう、押し掛けられてたみたいですよ。それをバイト中に男の人に相談して、しばらく彼氏のフリさせたりとか……」
 マシンガンのように早口に捲し立て、三千院が口を差し挟む隙もない。

 一気に捲し立てるのを半ば聞き流し、要約した。
 「つまり、敵が多いんで、心当たりがあり過ぎて、どの方面からの事件か、わからない……と?」
 「おミズが天職っぽいのに、何、真面目ぶってコンビニでバイトしてんだか……」
 「えーっと、備東さんの職業の適性については、置いといて、事件性があるかもしれないし、身の危険を感じて、自ら姿を隠しているかもしれないんですね?」
 「ま、単なるサボりかもしれませんけどねー」
 雪のように白い肌、闇のように黒い髪、小柄で華奢で、思わず守ってあげたくなるような美人と言う条件は、江田英美にも当て嵌まる。
 舌鋒鋭く非難する江田は、備東安美利の態度を心底、嫌悪しているようだ。

 ……えーっと、その話だと、「備東安美利の敵」って、江田さんも含まれるんだけど、わかって言ってるのかな?

 尤も、江田は備東より先に「行方不明」になっている。何かできるとは思えない。
 「三千院さん、魔法でなんとかなりまへんの?」
 「うーん……今の魔道犯罪対策課には、魔法使いは一人も居ないんです」
 「えッ? そしたら、どなして悪い魔法使い捕まえはるの? 気合い?」
 ハンドルを握る大原が、思わず振り返る。
 「大原さん、前! 前! えっと、色々と装備があるので、それで……」
 「その装備があったら、魔法使いやのぉても、誰でもいけますのんか?」
 「説明すると長くなるんですが……霊視力は、あった方がやり易いです」
 大原は、魔道犯罪対策課の管轄について、確認してくれたらしい。相互理解が進めば、捜査がしやすくなるかもしれない。
 今はそのことだけでも、ありがたかった。

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