■黒い白百合-03.植え込み(2016年06月19日UP)

 大学に連絡し、実況見分の協力を仰ぐ。
 古都大学は、三千院の母校でもある。久し振りに訪れたが、学部が違う為、在学中には一度も通らなかった道を案内された。大学職員も付き添い、総勢六名で、江田が立っていたと言う植え込みへ向かう。
 「そこです」
 江田と巴が指差したのは、何の変哲もないアベリアの茂みだった。
 腰の高さに刈り込まれた灌木に、百合に似た小さな白い花が、無数に咲いている。校舎の端と、塀に沿って植えられている。通用門からは、やや距離があった。
 「あの校舎から近道して、そっちの門から出るところだったんですけど、目が合っちゃって……」
 巴が忌々しげに言う。
 「ひどーい」とむくれる江田に構わず、三千院は茂みを観察した。
 大学職員は口を挟まず、薄気味悪そうに巴と茂みを見比べる。

 ここに死体を埋めるには、アベリアを抜かなければならない。そんなことをすれば、作業の跡が目立ってしまう。アベリアには埋め戻された痕跡はなかった。
 根元には雑草が青々と茂っている。
 雑草に混じって、百合が一本、茎を伸ばしていた。百合の周囲には、雑草がない。球根を植え付ける際に抜いたのだろう。
 「少なくとも、ここには埋められていませんよ」
 「……ですよね。せいぜい、猫くらいの掘り跡ですよね」
 三千院の言葉に巴が首肯する。
 即座に大原が別の可能性を口にした。
 「バラしてちょっとずつ……言うこともありますわなぁ」
 「上手く説明できないんですけど、江田さんは、まだ生きてるみたいなんで、パーツ単位っていうのは、ないと思います」
 「儂らその方面は素人やさかい、よぉわからんのやけど、中身カラで、ガワだけ居(お)って、腐ってもたりせぇへんのでっか? メシやら何やら、どなしてはんの? 十日も食わなんだら、命も危(あぶ)のぉなんのちゃいますの?」
 「さぁ……そこまではちょっと、体の状況がわからないので、何とも……」
 大原の疑問は尤もだ。
 三千院は、事故で入院している可能性を語った。
 「そしたらちょっと、近所の病院、当たってみよか。学生さん、おおきに。また何か思い出したら、川端署生活安全課の大原まで、頼んます」
 令状のない実況見分では、できることは限られている。大原の宣言で、その場は解散した。

 「課長、江田さんのことなんですけど、どう思います?」
 三千院は解散後、そのまま巴に憑いて行こうとする江田を呼びとめ、古都府警に連れて来た。
 嵐山課長が江田英美を視て、おばちゃんらしい感想を述べた。
 「あっさりサンちゃんに乗り換えた言うことは、その男前の学生さんが好き過ぎて、生霊になって憑いとった訳やないんやね」
 「たまたま目が合ったんで、助けてって、思わずしがみついたら、あそこから動けたんで、もうこの人に頼るしかないなって思って……」
 江田は、自分を視認し、言葉を交わせる人物が増えたことに安堵したのか、饒舌だった。
 「動かれへん言うのんは、そこから一歩も動けへんかったん? それとも、壁みたいなもんがあって、その外に出れんかったん?」
 「見えない壁にぶつかって、その先に行けなかった方です」
 実体を失った女子大生は、女性刑事の質問に即答した。
 鴨川が画面から顔を上げ、予備席の椅子に座る江田を改めて視た。
 「弱い結界でもあったんかな? あそこ、魔道学部あるやろ?」
 「サンちゃん、何かあった?」
 「いえ、特には……」
 三千院は下唇を噛んだ。
 江田が居た植え込みしか見なかったが、周辺に呪具か呪符があったのかもしれない。
 魔道学部が何か実験をしていて、偶然、近くで事故に遭った江田の魂が、あの場所に吸い寄せられ、動けなくなってしまった可能性もある。
 三千院は、魔道学部出身の自分が、その可能性に気付かなかったことを情けなく思った。
 「あの……私、生き返れるんですか?」
 「生き返る言うか、そもそも死んでへんからねぇ。ま、体が見つかってからの話やね」
 「ご家族やお友達に何か言いたいことか質問があったら、伝言しとくけど何かある?」
 嵐山課長と鴨川が、気楽な調子で言う。
 江田は少し考え、頭(かぶり)を振った。
 「うーん……いえ、やっぱ、いいです。何かヘンな感じ。生きてるのに幽霊って、自分でもワケわかんないですし、今はいいです」

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