■黒い白百合 (くろいしらゆり)-37.家族の話(2016年06月19日UP)

 どの百合も、間もなく開花を迎える。

 百合は生贄が手に入るまで、別の場所で同時に育てていたのだろう。
 黒インクを注ぎに来て、江田の不在に気付き、二谷(じたに)を代役に据えた。
 他の場所も、確認に行ったか定かではない。見回ったものの、適切な代役が見つからなかった可能性もある。
 生贄を途中で入れ換えても、術を継続できるものなのか。

 伏見教授の資料では、わからない。
 蒼い薔薇の森にも問い合わせたが、伏見教授と同程度の資料が送られてきただけだった。
 この「移魂の渦(いこんいこんうず)」は生贄が不在で、しばらく霊力の供給が途絶えていた。出力不足で術が起動せず、このままでは、七人全員が無意味に殺されてしまうかも知れない。
 呪具が掘り出されたことに気付けば、今回は中止するだろう。
 まともな術者なら、だが。
 「張り込みして、パトロールも増やしてるけど、まだそれらしい奴は、見つかってへんねんなぁ。水遣り忘れてんねやろか?」
 「黒いテッポウユリて、よぉ目立つからな。新聞にも載っとったし、ネットでも話題になってるし、人目が多ぅて動き難いん(ちゃ)います?」
 嵐山課長がカレンダーを見て言った。

 鴨川が、件(くだん)の記事のコピーをひらひら振る。
 「もし、今回は無理やて思(おも)て、術を中止しても、生贄の女の子らを無事に帰らしてくれるとは、限らんしなぁ……」
 「備東(びとう)さんの体は、もう人殺しに悪用されてもたしなぁ」
 「もう一度、呪具を揃えて人目に付かない場所で、実行するかもしれません。身体が犯人の手元にあれば、新しい球根に血と術用の黒インクを注いで、魂をその場所に引き寄せて、固定できるみたいですから」
 三千院が資料を見て言うと、嵐山が首を傾げた。
 「ん? ほな、何で江田さんをそないせんと、元に戻して、代わりに二谷(じたに)さんを括ったん?」
 「えっと、そこまではちょっと……でも、もしその方法が使えないにしても、備東さんみたいに身体を悪用されるかもしれませんし、犯人がどの程度の術者かわかりませんけど、中に入れた魔物を制御しきれなくなったら……魔物の種類によっては、無差別大量殺人が起きるかもしれないんですよ?」
 「まぁ、早よ何とかせななぁ。最低でも六人は、殺されてまうんがわかってんねやから」

 一課の報告書に目を通す。
 六月七日夜以降、行方不明になった普家絵冬(ふけえふゆ)周辺での聞きこみなどだ。
 実家で両親と同居。兄と姉二人は、結婚して家を出ている。父は長期の出張中で、二月から帰っていない。家族関係は良好。

 母親や友人によると、特に家出するような心当たりはない。家出するにしても、ケータイと通帳などの貴重品を置いて行くとは思えない。
 交際相手は、大学時代の同級生。普家絵冬とは別の会社に勤めている。仕事が忙しく、直接会えるのは、月に二、三回程度だが、ケータイでは毎日遣り取りしている。七日の二十二時以降、返信がなく、困惑している。
 ケータイの遣り取りを任意で見せてもらったところ、目も当てられないバカップルぶりで、関係は大変良好だった。双方の親に紹介済みで、式場をどこにするか、相談中だと言う。
 仮に他好きして、別の男と逃げているなら、GPSでの追跡を恐れ、ケータイを置いて行くことは考えられる。それでも、駆け落ち資金を持って行かないのは、腑に落ちない。

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