■黒い白百合 (くろいしらゆり)-18.邪法の虜(2016年06月19日UP)
「視てみて、私達、握手できるんですよ」
江田と飯田が、手を繋いで休憩室から戻ってきた。
飯田を保護して一夜明けている。
一晩中、語り明かしでもしたのか、二人はすっかり打ち解けていた。
「ん? テレビ飽きたん? チャンネル替えたげよか?」
「いいですいいです。みなさん、お仕事中なのに、私達だけそんなの」
「私も、今月は結婚指輪の引き渡しが
仕事と聞いて、飯田が表情を曇らせた。
「警察のほうでも今、色々情報集めてる最中ですんで、もうちょっとの間、辛抱して下さいね」
「ひょっとして、こんな事件、初めてなんですか?」
嵐山課長の言葉に、江田が目を輝かせる。
「えぇ、まぁ、せやね。体だけ行方不明言うんは、初めてですゎ」
「珍しいんですか! じゃあ、元に戻ったら、手記とか出版して、儲かっちゃう!」
江田が元気いっぱいに言い、鴨川と飯田が苦笑する。
「刑事さん達とか、リモコンとかは触れないのに、飯田さんだけOKなのは、どうしてですか?」
「それ、手記用の取材? 他の人らの個人情報やらなんやら、捜査上、秘密にせなあかんこともあるから、その辺、頼むで?」
鴨川が半笑いで釘を刺す。
江田は「勿論です。後で原稿チェックお願いしまーす」と、笑った。
「同じ場所に居ても、存在の位相が違うからですよ。……えーっと、画像処理ソフトのレイヤーが別だと、色塗ったりとか、できないでしょう? あれと同じような状態で……」
「あー、そう言うことなんだー。……って言うか、じゃあ、私、マジ、幽霊?」
三千院が律儀に答えると、江田は大袈裟に驚いた。
嵐山課長が、江田と飯田にフォローを入れる。
「んー……生きてはるから、ホンマの幽霊とは、ちょっと
「あ! これ、やっぱり魔術です!」
突然、大声を出した三千院に、視線が集まる。
「サンちゃん、どなしたんや?」
「あ、あのですね、お二人とも生きてて、中身だけここに居ますよね。これって、単に魔物や死霊に憑かれただけなら、有り得ないんですよ」
「どういうコトなんですか?」
江田が、気味悪がりつつも、好奇心から質問した。
「単に取り憑かれただけなら、本人の魂は体に居ます。体を乗っ取られて、意思表示できなくなるのは、憑きモノに抑えこまれるからなんです」
「あぁ、そしたら、何かの術で、本人さんを追い出してもた……言うことやねんね」
嵐山課長が頷く。鴨川は眉を顰めた。
「何の術や知らんけど、どない考えても、邪法やな」
「えっ? 私ら、悪い魔法使いに何かされてもたんですか? 知り合いに魔法使いやら、
「お店のお客さんに居るとか?」
飯田が身震いし、江田が推測を述べる。
「その辺も含めて、捜査やね。二人とも、必ず元に戻したげるから、辛抱してね」
魔法文明圏出身の外国人。魔道学部卒業生。呪具や素材を扱う商社、商店……市内に住む魔法使いや、魔法の知識を持つ者、魔法使いと接点のある者だけでも、膨大な人数になる。
術の系統、行使の条件、必要な魔力の強さなど、何もわかっていない。
魔力を籠めた宝石は、魔法道具専門店以外でも、少数ながら、流通している。
飯田の話では、勤務先の三光照輝宝飾でも、今年に入ってから、魔力の水晶が付いたネックレスなどを扱うようになった。輸入物のお守りで、高価だが、月に二、三点は売れていると言う。
魔力を持たないマニアまで調べるとなると、雲を掴むような話だった。
嵐山課長の命令で三千院は、魔術士の国際連盟「蒼い薔薇の森」の日之本帝国支部に電話で照会した。
本人の魂を追い出すが、身体を生かしたまま支配する術の有無と、あるならば、その詳細。「サジ」と名乗った係員は、即答した。
「今、【舞い降りる白鳥】の人は出張中で、来月まで帰国しません」
【舞い降りる白鳥】は、主に呪いの解除や術の解析を行う魔術の学派だ。彼らならば、江田と飯田を調べて術を特定し、場合によっては、元に戻すことも可能な筈だ。
もっと早くに気付いていれば……
三千院は歯噛みしたが、尚も食い下がった。
「じゃあ、私の方でも、文献を当たってみます。何日かかるかわかりませんが、宜しいですか?」
「お願いします」
三千院は、電話越しに頭を下げた。
古都大学魔道学部の教授達は、大半が魔力を持たない学者の【碩学の無能力者】だ。
外国人の講師には、魔法文明圏出身者も居る。
卒業して五年余り経つ三千院には、現在の講師の学派はわからない。
恩師である
助手が出た。
フィールドワークに出ており、十日まで戻らないとのことだった。