■黒い白百合 (くろいしらゆり)-56.犯行目的(2016年06月19日UP)
新月宅から押収した証拠品は、全て搬出を終えている。
ノートパソコン、タブレット端末、魔道書、素材、粘土、
行方不明者六人も全員、保護した。
営利目的等略取、魔道犯罪規制法違反、現住建造物放火、傷害、公務執行妨害……証拠の精査が済めば、殺人でも立件する。
宅配の箱から、魔道書、呪具、素材は、ネット通販で入手していたことが判明。改めて令状を請求し、プロバイダと通販業者に通信記録と通販取引記録を提出させた。
この二日間、魔道課の三人は、押収品の調査に忙殺されていた。
素材は、水知樹の樹液と魔獣の消し炭以外にも、多数あった。
三千院は、燃え残った魔道書の解読に専従。革表紙の魔道書には【防火】が掛かっていたのか、少し焦げた程度だった。
燃えたのは、絨緞とプリントアウトした紙類だ。
熱湯に沈められたタブレットは全損だったが、ノートパソコンは、辛うじてデータを復元できた。
行方不明者七人は、大学と勤務先、住所、よく利用する店などを調べ上げられていた。
新月賛治には、婚約者が居ることもわかった。
捜査一課の河原と中大路が、この二日間、取り調べを続けているが、新月からは何の供述も得られていない。
「弁護士に入れ知恵されたんか、半視力の素人に喋ることなんかない、言うて、だんまりですゎ」
河原が、不機嫌さを隠そうともせず、吐き捨てた。
「ふーん、そしたら、見鬼の玄人やったら、えぇんやね」
「黙秘しても、
嵐山課長は口元を歪め、鴨川がせせら笑う。
三千院は、首を傾げた。
「術者は新月賛治で……じゃあ、誰を誰に移すつもりだったんでしょうね?」
「ホンマやな。それがあったゎ。共犯者が居る筈やわな」
橘警部が、小さく頷く。
新月宅には、術の最終目的……魂を移送する対象者が居なかった。誰の為に、何の為に、六人もの女性を殺害しようとしていたのか。
なんとか術だけは阻止したが、贄ではない白神百合子が殺害されてしまった。
「その辺、何とか口割らさななぁ」
「婚約者がおる癖に、若い別嬪さん六人も七人も攫(さろ)てって、何しよんじゃ、ホンマ……」
「婚約者さんも、ショック受けてはったから、これはもう破談やろね」
二本松が憤り、嵐山は同情した。橘も頷く。
「可哀想に。事故で半身不随になるゎ、婚約者はこんなワケわからんことして捕まるゎ」
「事故で半身不随? もしかして、元気な体に取り替えようとしとったんかいな?」
「大原さん、前も説明しましたけど、呪医に依頼すれば、元通りになりますから……」
三千院が小声で指摘した。大原は首を傾げながらも、その疑問をひっこめた。
これだけの魔法の道具を揃えられる伝手と財力があるなら、魔法文明国か両輪の国へ行って、呪医を雇えば済む。高位の術者なら、負傷者が生きてさえいれば、容易に元通りの体に復元できる。
わざわざ手間暇と多額の費用を掛け、六人もの贄を殺す邪法に手を染める必要はない。
新月の部屋には、操魔の壺が十二個あった。中には魔力の水晶が一個ずつ入っており、内部に赤黒い汚れが付着していた。
分析の結果、汚れは人間の血液であることが分かっている。
血痕の血液型は、新月賛治と一致した。
操魔の壺を使用するには、中に操作者の血を少量入れる。
操作者に魔力があればそれだけで、なければ魔力を蓄えた宝石類を入れ、呪文を唱える。その後、幽界から呼びだした魔物を中に閉じ込め、使役する。
支配可能なモノは、魔力の強さに拠る。
「支配力が弱かったから、解呪せんと送還できたけど、強かったら、送り還してもじっきに戻ってまうからね。危なかったゎ」
今更ながら、嵐山が冷や汗を拭う。
何体か【消魔符】なしで送還布を使った。或いは、先に【消魔符】を使用した件についても、魔物が強ければ、呪符の【魔除け】程度では防げなかったかもしれない。近くにいた人間が、自由になった直後の魔物に襲われていた可能性もある。
説明を受け、捜査一課の突入組が、改めて蒼白になる。