■黒い白百合 (くろいしらゆり)-43.魔道犯罪(2016年06月19日UP)

 古都府内で初の他害を目的とした魔道犯罪だ。
 これまでは、マニアの召喚失敗、子供のこっくりさん関連の事故対応や「呪われた」「憑かれた」と主張する自称被害者の対応が、主な業務だった。
 全て魔道犯罪対策課のみで処理し、合同捜査本部の設置も初めてのことだ。
 他課の捜査員は、未知の力を持つ犯罪者に怯えている。人間を魔術の道具として使用し、殺害をも厭わない魔法使いの存在に浮足立っていた。

 魔道犯罪対策課の三人はそれぞれ、両輪の国のひとつ、ルニフェラ共和国で研修を受けていた。
 ルニフェラ共和国のあるアルトン・ガザ大陸や、日之本帝国の西に位置するチヌカルクル・ノチウ大陸では、科学文明国と魔法文明国が混在している。

 それなりの力を持つ魔法使いにとっては、科学文明国の国境や検問は、存在しないに等しい。
 大陸では、魔法と科学、ふたつの文明を折衷する両輪の国は勿論、科学文明国でも、近隣の国から、魔術に関するヒトやモノが、簡単に流入していた。
 正規輸入、密輸共に、日之本帝国の取引量とは比較にならない程、大きい。比例して、興味本位の使用による事故や、悪用する事件も多い。

 日之本帝国は島国だ。
 隣国は全て、海原が天然の障壁として横たわっている。
 大陸では、地理的要因で魔物も多く棲息する為、科学文明国でも、お守りや護身用の呪符や呪具が、日常的に使われている。
 それらは、魔力を持たない人々には見分けがつかない為、模造品による詐欺事件も頻発していた。

 魔法使いが被害者となる事件もある。
 特定の形に研磨し、魔力を籠めた水晶や宝石は、魔力の充電池として高値で取引される。
 魔力を持つ者の遺体を火葬すると、骨と灰の他、【魔道士の涙】と呼ばれる魔力の結晶が残る。【魔道士の涙】は、他の宝石類とは異なり、特定の術を掛けたまま、効力を持続させることができる。
 宝石類は単なる充電池でしかないが、【涙】は例えば、炎の術を掛ければ、中の魔力が尽きるまで、燃焼を続ける。
 百年程前までは、科学文明国や両輪の国で【涙】による火力発電が行われていた。その後は、人道上の理由から、条約で堅く禁じられている。
 大した術を使えない魔法使いが、資源として狩られた為だ。
 現在でも、犯罪組織やテロ組織が、誘拐・監禁や焼殺を続け、【魔道士の涙】はヤミで取引されている。残留魔力の量や、【涙】の大きさによっては、小国の国家予算並の値で取引されると言う。

 三千院は、大学の魔術概論の講義で、知識としては知っていたが、両輪の国で実際に見聞したことに衝撃を受けた。
 ルニフェラ共和国では、魔道犯罪対策の捜査官は、魔法使いから選抜、組織されており、あまり参考にならなかった。

 魔道犯罪の捜査では、魔法の道具【(ただ)しき燭台(しょくだい)】の使用が一般的だった。
 名称は「燭台」だが、モノは鏡台だ。「事後撮りVTR」とでも言うべきか。鏡面に触れた者や物の、一定時間内の様子を映し出すモニタだ。
 現在だけでなく、過去に遡って実際の出来事の映像と音声を表示・記録する。
 日之本帝国でも、三年前に導入された。
 まだ、全国に一枚しか配備されておらず、申請を出しても、使用は数カ月先になる。
 日之本帝国では、魔道犯罪規正法違反でのみ、証拠採用される。被疑者死亡の際も、事件の全容を解明することに絶大な威力を発揮した。

 刑務所の特別房なども見学した。
 魔法使いの犯罪者を収監する。【跳躍】や【召喚】の術を防ぐ結界が施されていた。トラブル防止の為、刑務作業はさせない。代わりに【吸魔】の術が掛かった拘束具を着けられ、魔力を水晶や宝石に供給させられる。
 安全に魔力を消耗させ、逃亡や呪殺を防ぐと同時に、政府の資金源にもなる。
 日之本帝国にも、魔道犯罪者専用の収監施設が一カ所、新築された。建物と各部屋には、厳重な魔術防護が施され、中では魔法が使えない。

 他に、魔力を持たない人物による事件は、事故を誘発しやすく、本人も意図していなかった方向へ、被害が拡大する傾向があることがわかった。

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