■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-56.お祭り騒ぎ(2016年04月10日UP)

 「なんと! たった一晩で三頭もの魔獣を……!」
 隊長が村長に戦果を伝えると、村はお祭り騒ぎになった。

 赤い盾小隊は、東の湿地に巣食う三界の魔物を倒し、前日の夕方に帰還していた。
 そちらは魔剣ポリリーザ・リンデニーの予想通り、穢れか死者の怨念を苗床に生じた、まだ肉体を持たない三界の魔物だった。

 「帰還できたことは幸いですが、命を大切にするのですよ」
 「あんまり無理しないようにね」
 三つ首山羊の王女(トリ・ガローフ・カザー)とトリアラームルス副隊長に見舞われ、ムグラーとワレンティナが恐縮する。
 烈霜騎士団のソール隊長と、近衛騎士のトリアラームルス副隊長が相談し、今後の予定を決めた。

 翌日の昼、宴の席が設けられた。
 広場の中央に火を熾し、傍に出した食卓で、料理の腕自慢たちが仕度に精を出している。
 木陰に広げた敷物の上には、クッションが並べられている。
 主賓席の王女の周囲を近衛騎士が固め、緑の手袋小隊は、その隣の敷物に腰を降ろした。
 ムグラーもナイヴィスに支えられて座り、木にもたれる。

 村長の長い挨拶を見越して、先に冷たい料理を出し、温かい料理を作りながら、話の終わりを待つ。
 「……この村もまた、以前の活気を取り戻す事が出来ます。ありがとうございました」
 深いお辞儀で締めくくられると、広場に拍手が起こった。
 「この善き日と皆の無事を祝い、この幸せが幾久しく続きますよう、願って止みません。さぁ、折角のご馳走、冷めないうちにいただきましょう」
 三つ首山羊の王女(トリ・ガローフ・カザー)の手短な挨拶に、笑顔が弾け、より盛大な拍手が沸く。

 子供たちがご馳走に飛び付いた。
 大人たちは、村の脅威が取り除かれたことを祝い、口々に騎士たちを労う。
 一通りの挨拶を終え村人たちが、皿を手に思い思いの場所へ腰を降ろす。
 ワレンティナが、トルストローグと競い合うように渡された料理を頬張る。
 二人の豪快な食べっぷりに、おかみさん達が、豪気な笑顔で料理を追加した。村の男たちも、負けじと食べる。

 ムグラーの許へ、いっぱい食べて早く元気になってね、と子供たちがどんどん料理を持ってくる。笑顔で受け取り、次々と皿を空ける。
 七つそこそこの女の子が、両手でそっと陶器の茶器を差し出す。
 ナイヴィスが礼を言って受け取ると、女の子ははにかんで、母の許へ駆け戻った。
 くれたのは、花弁を煮出して作った冷たいお茶だ。
 魔法文明圏での宴には、様々なお茶が供される。
 爽やかな酸味が、心地よく喉を通った。
 母の背に隠れ、こちらを窺っていた女の子が、母と喜びの咲き零れる顔を見合わせる。

 〈ね、この笑顔の為に、頑張ってよかったって思うでしょ〉
 ……えぇ、まぁ……そうですけど……

 ナイヴィスの思考は、何とも歯切れが悪い。
 村人の喜ぶ顔は嬉しい。だが、自分は大して役に立てなかった。罪悪感が心を占め、胸を絞めつける。何も知らない村人からの英雄扱いが、ひたすら居心地悪い。

 〈英雄「扱い」が嫌なら、ホントに英雄になればいいのよ〉
 ……いえ、それはちょっと……

 「あんた、やっぱり騎士様じゃ。人は見た目によらんもんだ。見直したわい」
 老人が満面の笑みで、切り分けた肉を山盛りにした皿を差し出す。ナイヴィスは両手で受け取り、ぎこちない笑顔を返した。

 正直な気持ち、今でも辞めたい。
 辞表は既に書いてある。兼務の間、懐に忍ばせて城に通ったが、提出できないまま帰宅し、溜め息と共に引出しに仕舞った。
 烈霜騎士団の詰所へ、それを持って行く勇気はなかった。
 なんの取り柄もないナイヴィスに、あんなに大勢の他人が、喜ぶ顔を見せてくれたのは初めてだった。
 彼らの笑顔を曇らせることが忍びなく、また、ナイヴィス自身も、彼らを失望させることが怖かった。

 ナイヴィスには到底、無理なことを期待されているとわかっていても、言い出せなかった。さりとて、馘首になる為に魔剣を使って悪事を働くような度胸も、周囲を顧みない我の強さも持ち合わせていない。
 全て見越した上でなら、退魔の魂となった女騎士ポリリーザ・リンデニーの、人を見る目は、かなりのものだ。
 相変わらず、ナイヴィスには女騎士が何を考えているのか読めない。

 〈私と一緒なら、貧弱な坊やでも英雄になれるのよ〉
 ……いえ、それはちょっと……

 折角の厚意を無碍にする訳にもゆかず、少しずつ肉を口へ運ぶ。
 食べながらでも、魔剣との意思疎通に支障はない。
 老人に渡されたのは、七面鳥の肉に塩を利かせ、香草をまぶして焼き上げた料理だった。
 ナイヴィスが初めて口にする味だ。
 弾力のある肉を噛み切ると、肉汁がじゅわりと口に溢れた。皮についた焦げ目の香ばしさと、香草の爽やかな風味が、脂っこさを緩和して食べやすい。
 三人の食べっぷりには納得したが、ナイヴィスには、あの量を平らげられる気がしなかった。
 長く武官をしていると、食事の量や内容も変わるのだろうか。
 ナイヴィスは、そんなことをぼんやり考えながら、人々の笑顔を眺めた。

 ムグラーの大事を取り、村へ戻った当日も含めて、三日休んだ。
 日程の残りは、雑妖と小さな魔獣の退治に明けくれ、誰もそれ以上、負傷することなく終えられた。
 盛大な見送りを受け、一行は村を後にした。

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