■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-23.闘志を抱け(2016年04月10日UP)
〈……あなた、害虫も殺したことなかったのね〉
ナイヴィスの記憶を漁り、魔剣ポリリーザ・リンデニーが嘆息する。
……だって、今までは必要なかったし、そう言うの、苦手なんで……
〈今までは、親兄弟や、あの従妹ちゃんに殺ってもらってたけど、今はもうそんなワケにはいかないのよ〉
……わかってますよ。
〈そう。頭でちゃんとわかってるのは、いいことよ。後は思い切りだけね〉
ナイヴィスの膝から力が抜け、魔剣に縋ったが、そのままぺたんとへたり込んだ。
「いきなりヤバいのに当たったもんな」
「お兄ちゃん、咬まれなくて良かったじゃない」
ワレンティナは、ナイヴィスが何を恐れているのか、全く理解できないようだ。無邪気にナイヴィスの無事を喜んでいる。
皮肉なことに、付き合いの長い親戚より、突然降って湧いたような魔剣の方が、ナイヴィスの気持ちを正確に理解していた。
「場数を踏めば、度胸もつく。さ、行くぞ」
ソール隊長が、ナイヴィスの肩を軽く叩く。
ナイヴィスはきつく目を閉じ、息を吐き出した。吐ききった息を吸い込む勢いに乗って、立ち上がる。地から魔剣が抜けた。
隊長が、ふらついたナイヴィスの背に手を添える。
「大丈夫だ。魔物を倒したからと言って、お前を責める人間は居ない。モノが何であれ、殺生は辛いが、それが我々の務めだ」
ナイヴィスは無言で頷き、歩きだした。
膝に力が入らず、震えも止まらない。それでも、助けを借りずについて行く。
〈あなたが闘う意志を持ってくれれば、攻撃は私が当ててあげる〉
ナイヴィスは、跳び縞に突撃させられたことを思い出した。柄が手にくっついて離れず、魔剣は殺る気満々。ナイヴィスは、自分の身体が魔獣に襲いかかるのを止められなかった。
転ばなければ、どうなっていたのか。
〈村人たちは、戦う力を持たない人がほとんどよ〉
……そうですね。
〈力のない者が、魔物に襲われる怖さは、あなたがよく知っているでしょう〉
魔剣ポリリーザ・リンデニーは、ナイヴィスが物心つく前の記憶を読み取って言った。
本人すら覚えていない忌まわしい記憶だ。
女騎士ポリリーザ・リンデニーは、その記憶について本人には詳細を告げず、言葉を続けた。
〈他にも理由はあるけど、私はね、あなたが、自分の実力以上の力を手に入れても、それをみだりに揮ったり、悪用したりしないって確信したから、選んだの〉
……単に、臆病なだけですよ。
〈臆病で、心の弱い人程、大きな力を手に入れたら、自分が強くなったと錯覚して、ムチャするものよ〉
……強くなんて、なりたくありません。
〈私が強いんだから、別にそれで構わないわ。戦うのは、私が引き受けるから、死なないように頑張りなさい〉
実際、訓練では防禦の術を中心に教えられた。
呪文はすぐに覚えられたが、それを適切に使用できるかどうかは、別の問題だ。
盾の訓練は、散々だった。
手袋に【不可視の盾】を掛け、攻撃されたら、発動の合言葉を発声して盾を展開し、身を守る。【不可視の盾】の術を掛けるところまではいい。
ワレンティナに木剣で殴りかかられた瞬間、頭が真っ白になり、発動の合言葉を忘れた。いや、何も考えられなくなり、身が竦んだ。
烈霜騎士団は、魔物よりも人間の犯罪者を相手にすることが多い。
その為の訓練だ。
ワレンティナは、かなり手加減してくれたが、ナイヴィスは十日間で痣だらけになった。
まだ、対人は無理だとわかり、次は、中に石を入れたぬいぐるみを投げられることになった。
ソール隊長が見兼ねて、鎧の着用を許可した。
鎧のお陰で怪我をしなくなり、人間相手ではなくなったので、気も楽になった。
それでも、慌てて【不可視の盾】を掛けていない右手を出す。合言葉を間違える。左手を出すのが遅れ、防禦が間に合わない。手を出してから、合言葉を言う。盾を水平に構える……などして、百発百中で、ぬいぐるみが直撃した。
鎧がなければ、何度、命を落としていただろう。
「こんな短期間で【盾】を展開できるようになっただけでも、上出来だ」
隊長は褒めてくれたが、全く嬉しくなかった。
犯人を捕らえる為の術も幾つか教わったが、これはまだ、呪文を覚えただけで、実際に使ったことはない。