■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-42.空の守り謳(2016年04月10日UP)

 明けゆく空へ向かい、三つ首山羊の王女が朗々と、力ある言葉を詠じている。【歌う鷦鷯(ミソサザイ)】の【空の()(うた)】だ。

 「日射す方 光昇れる (ひむがし)の 一日(ひとひ)の初め
  輝ける 日輪(ひのわ)の道を (あま)の原
  蒼き美空に (さえ)となる いかなるものも あらずして
  天路(あまぢ)御幸(みゆき) (さえ)がれず 地を知ろしめす 日の御稜威(みいつ)
  風の通い() 吹き流れ 雲の通い路 流れ往き 鳥の通い路 翔けりゆく
  日の光 (あまね)く照らす 一日(ひとひ)の守り」

 昇り来る朝日を受け、【道守り】に囲まれた地域に光が満ちる。
 元々、日中は魔物や雑妖の活動が鈍る。
 それを更に弱体化させ、抑える術だ。
 地域住民も安全になるが、討伐の任にあたる騎士たちも大いに助かる。
 ナイヴィスは、広大な領域に護りを行き渡らせる王女の偉大さを、改めて思った。

 「それでは、騎士の皆さん、今日もご安全に」
 王女が朝日のような笑顔で手を振り、緑の手袋小隊と、地域巡邏に出る近衛騎士三人を送り出した。
 トリアラームルス副隊長も、王女の傍らに控え、にこやかに見送った。

 近衛騎士の赤い盾小隊は、総勢七名。ドヴァーピェーリャ隊長は現在、国外派遣中。六人を二組に分け、王女の護衛と、この地域の魔物の討伐に割り振った。
 騎士たちは、畑仕事へ出る村人たちと羊と共に出発し、それぞれの目的地に分かれる。
 村人は、畑や牧草地へ。
 近衛騎士の赤い盾小隊は、東の湿地へ。

 緑の手袋小隊は、村の北に広がる小さな森へ向かった。
 「あの術は、護りを固める為のものだが、雑妖の発生を抑える効果もある。今日からは、主に魔獣の討伐を行う」
 ソール隊長が歩きながら、魔獣の種類と戦い方を説明する。

 魔物は、何かの弾みで幽界から物質界に迷い込んだ異界の生物だ。
 出現当初は存在が希薄で、霊視力がなければ視えない。
 物質界の生物を捕食することで、この世での存在を確かなものにし、肉体を手に入れ実体化する。

 実体化し、この世に定着した魔物が、魔獣だ。
 本格的にこの世に居着いて、繁殖する。
 魔力を持つものを食べると、その分、肉体が大きくなり、この世での寿命が延びる。
 魔獣は身体が大きい程、強く、長く生きる。
 身体の大きさと寿命には、普通の動物のような種としての上限はない。魔力を持つものを全く食べない個体が居ないからだ。

 魔物は、魔法か魔力を帯びた武器でなければ、倒せない。
 魔獣は、その強さ故、魔法がなければ太刀打ちできない。

 普通の魔物も三界の魔物も「体」の層が厚い程、物質界への影響力が大きく、力も強い。
 この世で生まれた魔獣は生来、肉体を具えているが、異界から来て魔物から成った魔獣より小さく、弱い。
 先日倒した魔獣の群は、大きさから見て、この世で卵から孵ったばかりの幼体だ。
 また、跳び縞のように草食で、特に害のない魔獣も存在する。

 ナイヴィスは一瞬、顔を強張らせたが、歩みは止めなかった。

 〈あら、エライじゃない。やっとヤル気出してくれたのね〉
 ……仕事、ですから。

 なるべく心を鎮めながら、前を向いて歩く。
 隊長とムグラーが先頭を歩き、次にナイヴィスとワレンティナが並び、トルストローグが殿という隊列だ。

 ……どうして、村に居る間に教えてくれないんでしょう? 昨日とか、休日でしたけど暇だったから、説明くらいしていただいてもよかったのに。
 〈あなたが怖がって、夜眠れなくなったら困るからじゃないの?〉

 当然のように言われ、ナイヴィスはぐうの音も出なかった。
 自分でも実際、そうなりかねないと思う。

 ……そんなに危険な魔物なんですか?
 〈見ればわかるのよ。百聞は一見にしかずってね〉

 草に覆われた休耕地。その向こうに森が待ち構えている。鳥と蝉の声が賑やかだ。
 以前は村人が木の実やきのこ、薬草などを採りに入っていたが、二、三年前から魔物が出るようになった為、近付かないようにしていると言う。

 村で戦えそうなのは、狩人唯一人。
 一人ではどうにもできない。彼の子供たちもまだ幼いので、狩り場を変えた。
 念の為、近くの畑も耕作をやめ、すっかり荒れ地になっている。

 「害意 殺気 捕食者の姿 敵を捕える蜂角鷹(ハチクマ)(まなこ)
 敵を(のが)さぬ蜂角鷹(ハチクマ)(まなこ) (つまび)らかにせよ」

 ムグラーが【索敵】を唱えた。魔法で知覚を拡大した眼で、鬱蒼と生い茂る森を凝視する。
 隊員たちは静かに、ムグラーの探知を待つ。
 「視力の届く範囲には居ません。もっと奥でしょう」
 肉眼でも霊視でも「敵」の姿は見つからなかった。
 ナイヴィスは足が竦んだ。無意識に柄へ手をやる。

 〈あらあら、木の下が怖くなっちゃったのに、今から森へ入んなきゃいけないのねー。たいへーん〉

 魔剣となった女騎士に茶化されても、怖いものは怖い。

 〈森の中には毒蛇とか飢鬼蜂とか、熊とか狼とか、普通の生き物でも、キケンなのがいっぱい居るものねー〉
 ……ちょ、ちょっと、脅かさないで下さいよ。
 〈何よ。忠告してあげてるんじゃない。毒のある毛虫とか百足とか、小さくても危ないし、三界の魔物以外の魔物や魔獣も居るかも……って言うか、今日の任務はそれを倒しに行くことだし〉
 ……えっ、そんな、わざわざ危険がわかってるとこに行くんですか?
 〈あなた、騎士の仕事を何だと思ってるの? シャンとしなさい〉

 女騎士ポリリーザ・リンデニーが、もう何度目かわからない盛大な溜め息をつく。

 〈森に棲みついた魔獣とかを倒して、村人がまた森から糧を得られるようにするのよ〉

 「お兄ちゃん、ボーっとしてないで。みんな行っちゃうよ」
 「単独での留守番は危険だ。遅れるなよ、ナイヴィス」
 ワレンティナにつつかれ、隊長に警告され、ナイヴィスは震える足を森へ踏み出した。膝が固まったように、足が上がらない。靴の裏で地面を擦りながら前に進む。

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