■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-21.村長の長話(2016年04月10日UP)
一行は、村人総出で迎えられた。
親に抱かれる赤子から、杖にすがる老人まで、総勢二百人程の小さな村だ。
「王女様、騎士様方。遠路遥々ご足労いただき、誠に恐れ入ります」
村長が進み出て、恭しく挨拶する。
「丁寧なお出迎え、ありがとう」
三つ首山羊の王女がにこやかに返礼すると、村長は深々と一礼し、挨拶を続けた。
「この五年、確かに守られて参りました。遠くからではありますが、黒山羊の王子殿下に厚く御礼申し上げますと共に、三つ首山羊の王女殿下におかれましては、必ずや【道守り】を全うされますこと、村民一同、露疑いなく、信じております」
「皆さまの期待に違わぬよう、間違いなく【道守り】を完遂して、この村を守ります。家を清め、心安らかにお待ち下さい」
王女が、良く通る張りのある声で応じる。
「勿体ないお言葉、かたじけのう存じます」
村人たちも村長に倣い、深々と頭を下げる。
村長は顔を上げると、王女の両隣の近衛騎士と、背後に控える緑の手袋小隊に目を向けた。
「騎士様方、五年の歳月で、前回の【道守り】が薄れて参りました。近頃、近在の森や薮、東の湿地などで魔物を見かけるようになりました。命懸けの大変なお仕事とは重々承知致しておりますが、何卒、宜しくお願い申し上げます」
〈堅苦しい挨拶って、退屈よねぇ〉
魔剣ポリリーザ・リンデニーが騎士らしからぬことを言う。
……一介の村人が、王女殿下に対等な物言いと言うワケには行きませんし、仕方ありませんよ。
〈だからって、だらだら長話する必要はないんじゃない?〉
あちこちで赤ん坊がむずかり、泣く声が聞こえる。母親たちは、声を出さずに乳呑児をあやしながら、そっと後ろへ下がった。
村長の挨拶は、まだ続いている。
ナイヴィスの隣に立つワレンティナが、欠伸を噛み殺した。
〈赤ちゃんは泣くし、従妹ちゃんも退屈してるし、あなたもうんざりでしょ? 村長を黙らせなさいよ〉
……えぇっ? そんな、ムチャ言わないで下さいよ。
それに、ナイヴィスが文官だった頃の上司も、話の長い人物だった。年に数回だが、午前中いっぱい語られることすらあった。
〈慣れちゃってるんだ? それ、フツーじゃないから、気をつけなさい〉
その忠告には、素直に従うことにした。
村長の背後に居並び、控える村人に目を向ける。
退屈した子供達が、親の手や服の裾を引いて、帰宅を促している。親は手真似で「しーッ」とやって、子供を窘めていた。
誰もがうんざりしているが、王女殿下を前にして、欠伸など無礼を働く訳にはゆかない。
乳幼児を除けば少年少女でさえ、神妙な面持ちで村長の話の終わりを待っている。
……あれっ?
〈あら、ホントねぇ〉
魔剣は、ナイヴィスが何に気付いて驚いたのか質問せず、思考を直接覗いた。
〈カボチャ盗られた村みたいに、女の子にキャーキャー言われなくて、よかったわねぇ〉
……ちょ、ちょっと、勝手に人の頭の中、覗かないで下さいよ。
〈何よ、今更。大体、そんなことでホッとしてどうすんの。あなたくらいの年の男は普通、女の子が少ないと、がっかりするものなのよ〉
二人の遣り取りは他人には聞こえない。
ナイヴィスは表面上、平静を装い、心の中で女騎士に反論した。
……男女問わず、初対面の人に取り囲まれて騒がれるなんて、怖いじゃありませんか。それに、この村……
〈そうね。確かに不自然ね。特定の性別の一定の年齢層だけ、すっぽり抜けてるなんて〉
女性の年齢構成が歪だ。
ざっと見渡したところ、幼い女の子、その母親、祖母。
十歳前後の少女から母親の間の層が、すっぽり抜けている。
男性は、各年齢層に大きな偏りはない。男女とも、年寄りは同じくらい少ない。
……何か用事があって、外してるんでしょうか?
〈女の子たちだけで、ごはん作ってるってこと? そう言うの、今までなかったけど?〉
魔剣となった女騎士が、四百年近い騎士経験の一部を開示する。
辺境の村へ魔物の討伐に赴いた際、騎士は村を挙げて歓待される。もてなしの食事を用意するのは、料理自慢の年配の女性や、腕に覚えのある男性たちだ。
若い娘は精一杯、着飾って到着直後の騎士隊を迎える。
花束などを持ち、文字通り、歓迎の挨拶に花を添える。
歓迎式で活躍する筈の十代後半から二十代前半の女性が、ほとんど姿を見せないと言うのは、確かに妙なハナシだ。
〈魔物が強くて、外壁を突破された後なら、女の子が一人も居ないこともあったけど、ここはまだ無事なのに、おかしいわ〉
……そう言うものなんですか?
〈子供や若い女性は、お肉が柔らかくて食べやすいから、狙われやすいのよ。だから、真っ先に食べられるか、家の奥で震えてるか、よ〉
ワレンティナが学んだ【飛翔する鷹】学派のような、魔物と戦える術を心得ている国民は、男女問わず少数派だ。
大抵の国民が、日常生活に必要な【霊性の鳩】や、農作業に使う【畑打つ雲雀】などの術は常識として習得しているが、【飛翔する燕】や【思考する梟】など、専門性の高い術は知らない。
剣技に長けたポリリーザ・リンデニーのような女性は、もっと稀な存在だ。
それとも、魔剣ポリリーザ・リンデニーが退魔の庫で退屈している間に、世の中が変わってしまったのか。
女騎士が、ナイヴィスの脳裡に首を傾げる映像を寄越す。
……昔のことは知りませんけど、今も、普通に考えれば、そうですよね。
村長の話はまだ続いている。
ナイヴィスの位置から、王女の顔は見えない。
退屈でも無碍にする訳に行かず、三つ首山羊の飾りのついた杖を、何度も持ち替えていた。
〈どうして女の子が居ないのか、どこへ行ったのか、あなた、ちょっと聞いてみてよ〉
……えっ? 私が、ですか?
〈私の声は他の人に聞こえないんだから、あなたが聞くのよ。もしかしたら、その会話をきっかけに、ウチの娘を是非、騎士様の嫁に……なんて話になるかもね〉
……タチの悪い冗談はやめて下さい。
〈冗談なんかじゃないわ。騎士団じゃよくあることよ。女の子たちもそのつもりで、全力でおしゃれして歓迎してくれるのに〉
……何でそんな、ほぼ初対面で、任務の間しか居ない人と、交際しようと思うんですか。
〈だからよ。出会いのきっかけは何でもいいの。王都や地方の駐屯地に戻っても、手紙のやり取りはできるし、騎士が休みの日に【跳躍】で会いに行けるし……〉
……そんな短期間で仲良くなんて、ムリでしょう?
〈あなたって、ホントに奥手な朴念仁ねぇ。若いコが恋に落ちるのなんて、一瞬よ。一目惚れって聞いたことない?〉
……単語の意味は知ってますけど、そんな、はしたない。
〈堅物ねぇ。そんなだからモテないのよ。男のコも女のコも、フツーは年頃になったら、そんなコトばっかり考えてるものなのに〉
……あぁ、はい。普通じゃなくて申し訳ありません。
〈私に謝らなくていいのよ。女のコはね、強い男に惹かれやすいから、声掛けられてもあんまり邪険にしちゃダメよ〉
……そんなこと仰られましても、どう接していいかわかりませんし、大体、私は強くなんてありませんから。
〈強いわよ? 私がついてるんだし〉
……それは、リーザ様のお力であって、私の実力じゃありませんよね。
〈あなた、気は小さいけど、魔力だけは強いのよ? 自覚ないみたいだけど、この完全防護の正騎士の鎧、着てるだけでも、すごーく魔力を消耗するのよ〉
……うーん、そうなんですか?
そう言われても、ナイヴィスは釈然としなかった。
鎧を着るだけなら、誰でもできる。
幾つもの防禦魔法を効率よく同時に発動させるのは、鎧の性能であって、装備者の実力ではない気がする。
強いて言うなら、【飛翔する鷹】の術を使う、鎧職人の腕前の良し悪しだろう。ナイヴィスは以前、ワレンティナから、魔力の循環と術の組み合わせや相性などを工夫すれば、少ない魔力で、より多くの術を発動させられると聞いたことがある。
尤も、どんなに工夫を凝らしたところで、鎧を纏う者の魔力が著しく不足すれば、鎧に組込まれた数々の術は、発動しなくなる。多くの魔力を必要とする強い術から順に、効力を失ってしまうのだ。
装備者の元々の魔力が弱く、最初から「ただの服」同然の場合もあるが、多くの術を使い、疲労したせいで、それまで発動していた術が効力を失ってしまう場合もある。
三つ首山羊の王女は王族なので、当然、あの超重装備の鎧の効果を完全に常時発動させているだろう。
ナイヴィスには自分の鎧が、本来の性能を完全に発揮しているのか、魔力不足で不完全なのか、知る由もなかった。
〈わかってないのねぇ。いいわ。経験を積んで行く内に、わかるでしょ〉
「羊の方が多い、何もない村ではありますが、村人一同、精一杯のおもてなしを致します。まずはごゆるりと、旅の疲れを癒して戴きとう存じます」
ようやく村長の話が終わり、村人の表情が緩んだ。