■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-27.小屋の中身(2016年04月10日UP)
「うわっ」
ムグラーが声を上げる。ワレンティナが、力ある言葉で石に命じる。
「力得よ、石よ意志持ち、飛び立て敵へ、飛礫となりて……」
「逃がすなッ」
「諸の力を束ね 光矧ぎ 弓弦を鳴らし……」
隊長の命令でムグラーも、何も持たない手で矢を番える動作をしながら、呪文を唱える。
トルストローグがナイヴィスの手を引き、小屋から離す。
「魔獣が入ってた」
「えッ?」
慌てて振り向く。何も居ない。三人は上空を注視している。
「飛んでるから、俺たちじゃ届かないよ」
トルストローグに言われ、ナイヴィスも三人の視線を辿った。
五匹。
蛇に似た魔獣だ。朝の空を、蝙蝠の羽でひらひら舞う。鱗も羽も目も覚めるような鮮烈な赤。長さは鞘と同じくらい。
「よく考えたら、今は夏野菜の収穫期だから、鍬とか使わねぇな」
「あ、あぁ……えーっと、長い間、開けてなかったんですね?」
「ま、どの途、俺たちじゃ攻撃が届かねぇから、見てよう」
がっくりと肩を落とすナイヴィスに、トルストローグはニヤリとして言った。
隊長もムグラーと同じ呪文を唱える。
〈あれにも毒があるから、気を付けて、念の為に私を構えてなさい〉
言われるまま、鞘を外す。魔力が収斂し、光が刃になる。
「……降り注げ」
「……魔を祓え」
二人は同時に結びの言葉を唱えた。
ワレンティナの足下から石ころが浮き上がり、飛礫となって魔獣を襲う。【礫弾】の小石が直撃し、蝙蝠の被膜が破れる。破れた羽で足掻くが、赤い蛇はあえなく落下した。
ムグラーが見えない弓を引き、魔力の矢を放つ。【光の矢】が三匹の胴を串刺しにして消えた。魔獣は胴が千切れ、地に落ちて尚、蠢いている。
隊長が放った【光の矢】も狙い過たず、最後の一匹を射落とした。
「お兄ちゃん、ごめーん。そっち行ったー!」
ワレンティナが落とした蛇は、羽以外は無傷だった。傷付いた羽を引きずり、ナイヴィスたち目がけて這い寄って来る。
「えッ? うわッ! 何でこっちに……ッ!」
〈いいから、さっさとトドメを刺しなさい〉
蛇は草地を滑るように移動する。予想外に動きが速い。トルストローグも剣を抜いた。蛇が身を縮める。
「ナイヴィス、【盾】だ!」
〈開くのよッ!〉
トルストローグと魔剣の声が鋭く告げる。
ナイヴィスは頭が真っ白になった。
〈サフィール・ジュバル・カランテ・ディスコロール! 右手を前に出しなさいッ!〉
半端な位置にあった剣が、勢いよく振られた。跳躍した赤い蛇が、何の抵抗もなく両断される。左右に分かれた身が、ナイヴィスの後ろに落ちて消えた。
何が起きたのかわからない。
ナイヴィスは、剣を振り抜いた姿勢から、動けなかった。
撃ち落とした魔獣にトドメを刺し、三人が駆け寄る。
「安心しろ。魔獣は殲滅した」
隊長がナイヴィスの右手を取り、そっと降ろす。
身体の震えが止まらない。膝から力が抜け、その場に崩れ落ちる。
「あ、お、お兄ちゃんッ」
「お、おいッ、しっかりしろッ」
〈後ろ、見てご覧なさい。もう居ないから〉
震えて軋む首をなんとか動かし、肩越しに背後を見る。
魔獣が落ちた辺りの草が倒れ、跡が残るだけで、何もなかった。
「まぁ、無事でよかった。何が飛び出すかわからんからな。気を抜くんじゃないぞ」
隊長が、ナイヴィスの頭をくしゃりと撫で、立ち上がらせた。
ナイヴィスは大きな吐息と共に、項垂れるように頷いた。
「この鎧は、ある程度の攻撃は防げるが、魔獣の牙は防ぎきれぬこともある。帰ったら、しばらくは【盾】の訓練だな」
〈攻撃は最大の防禦……なんて言う人も居るけど、やっぱりちゃんと守れるようになった方がいいのよ〉
……そうですね。
〈誰かを傷付ける行動じゃないんだから、私を振るうよりもよっぽど、やり易い筈よ。違う?〉
……そう……ですね。
〈必要以上に恐れないで。ちゃんと対象を見極めて、防ぐのよ〉
そんなことを言われても、怖いものは怖い。
文官に戻ることは諦めがついたが、だからと言って、急に武官としての精神が身に付く訳ではない。
武官としての仕事に慣れる日が来るのか。もしかすると、慣れる前に人生が終わるかもしれない。
魔剣となった女騎士は、所有者の不安を見なかったことにして、鞘に収まった。