■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-19.守りたい者(2016年04月10日UP)

 〈初めてにしては、上出来ね。箒呼ばわりの件は許してあげる〉
 魔剣に褒められても、ナイヴィスの顔は浮かなかった。
 馬の背に揺られ、再び街道を行く。昼の休息を終え、次の村へ向かっていた。

 夏の強い日射しの下に雑妖はいない。
 すれ違う旅人の顔にも警戒の色はない。
 王家の紋章入りの馬車に道を譲り、深く頭を垂れる。
 ナイヴィスも、文官だった頃は彼ら同様、道を譲る側だった。彼らは三つ首山羊の王女(トリ・ガローフ・カザー)を敬い、その護衛に頭を下げているに過ぎないが、ナイヴィスは居心地が悪かった。

 〈そんなこと、いちいち気にしたって仕方ないでしょ〉
 ……はぁ、まぁ、そうなんですけど……
 〈いいから、しゃんとしなさい。民に示しがつかないでしょ。あなた、今、騎士なのよ〉
 それはわかっているが、自ら望んでなったのではない。
 適性があるとも思えない。現に今も、雑妖を剣で消したことで、言いようのない罪悪感に苛まれている。
 〈そんなこと、いちいち気に病んでも仕方ないでしょ〉
 それもわかっている。自らに言い聞かせたように、これは、この世の掃除なのだ。不幸を振りまく存在を放置し、大きな禍に育てる訳には行かない。
 だが、何故、それがナイヴィスなのか。
 自分の身ひとつ守れない臆病な男に、何ができると言うのか。
 あの日の困惑を思い出す。

 上官は、ナイヴィスに有無を言わせず、城青警備隊の詰所へ連れてきた。
 碌に説明もせず、置き去りにされたのは、ムルティフローラ城東部の警備を担う部署だった。単に、退魔の(くら)から一番近い騎士団の詰所だから、ここへ預けられたのだろう。
 城青警備隊長は、満面の笑みでナイヴィスに祝いの言葉を述べた。祝われたナイヴィスは、何のことやらさっぱりわからず、困惑した。取敢えず、魔剣を回収する為に腕を切り落とされる心配はなくなったが、「魔剣使い」の何が「めでたい」のか、わからない。
 「魔剣使い……ですか?」
 「そうだ。異動の手続きが済み次第、正騎士として騎士団に配属される。それまでは、訓練所で待機」
 この説明ができることを名誉あることだと思っているのか、城青警備隊長は嬉しそうだった。ナイヴィスは、予想外の説明で更に困惑した。
 「……正騎士? あのー……私は【飛翔する燕】で、戦いは全然……」
 ナイヴィスは左手で、自分の徽章を城青警備隊の隊長に示した。

 首から提げた銀の首飾りは、空を飛ぶ燕の意匠。
 天候予測や局所的な気象制御の魔術系統を修めた者の証だ。
 【飛翔する燕】学派の術は、術者の生まれ日の気象や星の配列によって、使える術に制限がある。
 ナイヴィスは雨の日に生まれたので、【やさしき降雨】の術を使えるが、その日は満月ではなかったので、【閃光】の術は使えない。
 この学派の術は、いずれも、暮らしを楽にする術ばかりで、魔物と戦えるような術はない。
 例えば、火の魔物と戦う際に雨を呼べば、少しは弱らせることができるかもしれないが、【やさしき降雨】は小雨を降らせる術だ。文字通りの意味で「焼け石に水」にしかならないだろう。戦いの役に立つとは思えない。
 心を落ち着け、静かに自然と向き合う訓練は受けているが、魔物と対峙し闘志を奮い立たせる修行とは縁遠い。

 ナイヴィスの懊悩に聞こえないフリをして、ポリリーザ・リンデニーは楽しげに言った。

 〈やっぱり、明るいとこはいいわー〉

 魔剣は魔剣使いと心を繋ぎ、視聴覚を共有する。繋がった心は、苦痛も歓喜も流入させる。
 同じ物を見ているにも関わらず、それぞれ感じ方が違うことが、ナイヴィスには不思議だった。

 〈不思議でもなんでもないわ。私とあなたは別人だもの〉

 ナイヴィスは手綱から左手を放し、柄に触れた。
 柄頭の【魔道士の涙】は、人肌のぬくもりを保ち、柄を握れば、誰かと手を繋いだかのように錯覚する。

 〈私は民を守る為に騎士になったの。あなたは守りたい人とか居ないの? 例えば……あの従妹ちゃんとか〉
 ……ティナは、私より強いんで、どちらかと言えば、そのー……
 〈あなたが守られる側だった訳ね。今までは〉

 ナイヴィスは今まで、十三歳も年下の女の子に守られてきた。数々の情けない思い出を読み取り、魔剣の思考が呆れる。
 ナイヴィスは右下に目を逸らした。隣を歩む馬の足が見える。少し視線を上げると、背筋を伸ばし、颯爽と騎乗するワレンティナの姿が目に入った。

 〈あのね、戦場では強さに関係なく、その時、その場で各自ができることをするの。勿論、持ち場や作戦、役割分担はあるけど、お互いに助け合って守り合わなきゃいけないの〉

 ……私に、できるんでしょうか?
 〈できるんでしょうか、じゃなくて、やるの〉

 疑問を挟むことすら許さない勢いだ。
 ナイヴィスは手綱を握り直し、前を向いた。

 夕暮れ時、今夜の宿を取る村の土塀脇をムグラーと二人で巡邏する。
 「赤い盾小隊の人が言ってたんですけど、ナイヴィスさん、スゴイですね」
 「……なんの話ですか?」
 困惑するナイヴィスに、ムグラーは我がことのように誇らしげに答える。
 「戦い方、全く知らない筈なのに、魔剣の力を完全に引き出せてるって、スゴイ才能ですよ!」
 「とてもそうは……リーザ様が、合わせてくれてるだけの気がするんですけど……」
 ナイヴィスの落とした肩に、ムグラーが手を置く。
 「そんなことないと思うし、もしそうだったとしても、魔剣にそこまでしてもらえるなんて、それだけ気に入られてるってことですよ」
 「ムグラーが気に入られれば、よかったんですけどね。私なんかより、ずっと強いから」

 〈そう言う問題じゃないの。何度も言わせないで〉

 「魔剣使いに求められるのは、剣の技量や魔力の強さじゃないって、トリアラームルス副隊長が仰ってましたよ」
 「何が必要なんです?」
 それがわかれば、代わってもらえるかも知れない。
 ナイヴィスの淡い期待は、あっさり裏切られた。
 「君にもその内、わかるよって、笑って誤魔化されました」
 「わかったら、ムグラーもそれを身に着けて、魔剣使いになりたいと思いますか?」
 ムグラーは一瞬、驚きに動きを止め、笑って手を振った。
 「いえ、なんか、トリアラームルス副隊長のあの言い方、身に着けるとか、そう言うんじゃない感じがしましたし、自分はいいっス」

 国土を囲む山脈の彼方へ落ちる夕日を眺め、独り言のように言う。
 「……自分の力だけで、どこまでやれるか、見てみたいんで」
 鴉の群が、鳴き交わしながら塒へ向かう。
 夕映えの空へ、吸い込まれるように小さくなる。
 影絵のような姿を見送り、二人は見回りを再開した。

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