■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-26.仲間と共に(2016年04月10日UP)
初日は日没ギリギリまで、村周辺の雑妖を祓った。
ナイヴィスは夕食後、割り当てられた部屋へ入るなり、ベッドに倒れ込んだ。
心身ともに疲れ果て、何も考えられない。
ワレンティナに何か言われた気がする。睡魔に抗えない。聞き直すこともできず、眠りに落ちた。
翌朝、夜明けと同時に起こされ、掃討に出た。
今日も朝から蝉の声が賑やかだ。
隊長はナイヴィスの顔を見て、目尻に皺を寄せた。
「よく眠れたようだな。今日も無理せず、安全第一でゆくぞ」
四日続けて掃討し、五日目は休息。
何事もなければ村でゆっくりする。十五日目は撤収日なので、作業はない。
「あ、おはようございます。気をつけていってらっしゃい」
村内を巡邏していた赤い盾小隊副隊長が、にっこり笑って手を振った。
トリアラームルスの無邪気な笑顔に、こちらもつられて笑みがこぼれる。
返礼し、緑の手袋小隊は、南南西へ向かった。
「近衛騎士って、もっと威張ってるかと思ってたけど、あぁ言う人も居るのねー」
丘ひとつ越えてから、ワレンティナが言った。
隊長とムグラーが、トリアラームルスの人となりを語る。
「トリアラームルス副隊長は、子守り上手でな。黒山羊の王子殿下の教育係も兼任されている」
「新人の訓練もなさってて、面倒見がいいから、割と慕われてるんだ」
「へぇー。見た目怖そうなのに、意外ですねー」
ワレンティナが失礼なことを言う。
ナイヴィスは、道中の村でトリアラームルス副隊長から受けた指導を思い出した。
大きく力強い手はあたたかく、安心できた。
やさしい眼差しに見守られているだけで、勇気が湧き、初めて魔剣を振るって雑妖を消すことができた。
トリアラームルスに育てられた子は、幸せだ。
ナイヴィスは、黒山羊の王子が羨ましくなった。三界の眼で、余人には視えぬ醜悪なモノを知覚しても、トリアラームルスが一緒なら、怖くはないだろう。
〈あなたには、私が居るじゃない〉
何言ってんの、と女騎士ポリリーザ・リンデニーが、ナイヴィスの頭の中で笑う。
ナイヴィスはそっと柄に手を置いた。
柄を握れば、女騎士と手を繋いでいるような、不思議な感覚を味わえる。
跳び縞の時のように、女騎士が手を放してくれず、酷い目に遭わされたりもするが、今は、それが心強かった。
魔物と戦う時、ナイヴィスは、一人ではない。
前を歩くソール隊長とムグラー、隣のワレンティナ、後ろにはトルストローグ。緑の手袋小隊と魔剣ポリリーザ・リンデニーが居る。
今更、それに気付いた。
昨日一日、雑妖退治に畑や牧草地を回った時も、仲間たちが支えてくれていた。
申し訳ない程に手厚く。
ナイヴィスは朝の光を浴びながら、しっかりと前を向いた。
「農具小屋がありますね」
ムグラーが言って、畑の隅を指差した。
「日の出前に、雑妖が逃げ込んでいることが多い」
「戸を開けただけで消えちゃうし、お兄ちゃん、開けてみる?」
「えっ?」
言われて思わず足が止まった。
トルストローグがポンと肩を叩く。
「日に当たったら消えるんだ。【白銀の網】で引っ張るより楽だし、やってみろよ」
「違うモノが入ってたら、助けるから」
「えっ? 違うモノって、何ですか?」
「魔獣とか」
ナイヴィスは、肉屋へ向かう鶏の気持ちで、小屋へ向かった。
農具小屋は、簡素な木造だ。大人が三人も入れば、満員になる大きさ。
トルストローグが都会っ子のナイヴィスに説明する。
「鍬とか鎌とか何か、農具を入れてあるんだ」
小屋は朝日を浴びて、静かに佇んでいる。
ナイヴィスは唾を飲み込み、小屋の把手に手を掛けた。
〈何をそんなに怖がってるの? 村の人は毎朝、開けてるのよ?〉
そう言われて、少し気が楽になった。
戸は、朝日が入りやすいように東を向いている。ナイヴィスは、自分の影が日を遮らないよう、戸の横に立ち、頭をからっぽにして開けた。