■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-39.提案と回答(2016年04月10日UP)
「お兄ちゃーん、お昼、食べられそう?」
声を掛けながら、ワレンティナが部屋へ入って来た。
「えっ? ウソッ? お兄ちゃん、仕事してんの? 身体、大丈夫?」
「えっ? あ、あぁ、大丈夫だ」
ナイヴィスは、机の上を片付けながら答える。丁度、おかみさんの証言を一通り書き終えたところだ。
窓の外へ目を遣ると、影はすっかり短くなっていた。
「隊長に休めって言われたら、ちゃんと身体を休めないとダメなんだからね」
「ティナは何してたんだ?」
「私? 村の子と遊んでたよ。鬼ごっことか、駆けっことか」
……それ、身体は全然、休まってないんじゃないか?
声に出すと面倒なことになるので、「ふーん」とだけ返した。
魔剣がその心を読んで笑う。
この家の家族と食卓を囲みながら、ナイヴィスは、村長や他の村人にも話を聞いた方がいいと思った。
可能なら、三界の魔物と化した男の母親や姉妹、親戚にも。
流石にそれを独断で行っては、問題になるだろう。
食後、ナイヴィスは許可を得ようと、隊長に相談した。
「…………うーん」
ソール隊長は、ナイヴィスの説明に渋面を作った。
……もしかして、越権行為で、してはいけなかったんでしょうか?
〈違うみたいよ〉
「かなり、大規模な調査になるな。我々本来の業務をしながら、片手間にできるようなことではない。一度、裁判所や他の部署にも相談しよう」
「……そうですか」
隊長は、ナイヴィスが作った報告書の束をペラペラめくった。
「目の付けどころはいいぞ。我々の職掌からは外れるから、すぐには実行できんがな」
「えーっと……ありがとうございます」
イイ笑顔で褒められたが、ナイヴィスの表情は冴えなかった。
〈あらあら、アテが外れて残念だったわねー。大好きな書類仕事、なくなっちゃった〉
魔剣がくすくす笑う。
ナイヴィスはこっそり溜め息をついた。
する事がなくなってしまった。
ナイヴィスは魔剣に勧められるまま、外へ出た。
丁度、トリアラームルスとチィトゥィーリェリーストが巡邏しているところだった。
小走りに駆け寄り、礼を言う。
「お礼が遅くなってすみません。お二方のお蔭で、命拾いしました。ありがとうございました」
「もう大丈夫なのか?」
「はい、お蔭様で……」
「うん。そのことは、そんな気にしなくていいよ。手に負えないと思ったら、一時退却するか、応援を呼ぶか。君は適切な時に正しい判断をしたんだ」
トリアラームルスはやわらかな笑顔で、ナイヴィスの頭を撫でた。丸っきり子供扱いだが、大きく力強い掌は心地よく、悪い気はしなかった。
〈彼、三十路手前のあなたが子供に見えるくらい、長く生きてるのね〉
……長命人種と言うことですか? リーザ様のお知り合いではないんですね?
〈知らない。私は自分が何年、物置暮ししてたのかもわからないのに。姫君は長命人種であらせられるから、百年や二百年じゃ、そうお変わりないし〉
……今、印暦二二一三年の七月です。
〈ふーん。じゃあ、百二十年くらい寝てたのね〉
そんな遣り取りが、ナイヴィスの頭の中で、瞬時に交わされる。
「初陣なんだってな。いきなり三界の魔物と対峙して、殺されたり取り込まれたりせず、無事に生き残れただけでもスゴイぞ」
「いえ、あの、お二方が来て下さらなかったら、多分……」
チィトゥィーリェリーストに褒められ、ナイヴィスは慌てて否定した。
「まぁ、そう謙遜するな。恐怖に竦まず、三界の魔物の断片をきちんと始末するのは、なかなか勇気が要ることなんだ」
「怖かったろうに。よく頑張ったね」
よしよし、とトリアラームルスは、ナイヴィスの頭をわしゃわしゃ撫で、巡邏の仕事に戻った。