■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-17.三枝と巡邏(2016年04月10日UP)

 街道沿いの村で昼食と休息をとる。
 三つ首山羊の王女(トリ・ガローフ・カザー)は、村長の家の一室で休憩する。
 赤い盾小隊と緑の手袋小隊はその間、交替で昼食を摂り、混合で村の警備にあたる。
 ナイヴィスは、一緒に巡邏(じゅんら)する相手を見て恐縮した。

 赤い盾小隊の副隊長、三枝(トリアラームルス)だ。
 隊長の双羽(ドヴァーピェーリャ)は、チヌカルクル・ノチウ大陸の東の果ての島国・日之本帝国に長期派遣され、滅多に帰国出来ない為、実質的に隊長と言っていい。
 トリアラームルスは、筋骨逞しい偉丈夫だ。短く刈った黒髪が、厳めしい顔を更にコワモテにしている。
 若いのか年を取っているのか、判然としない。

 「あ、あの、ど、ど、どうも、宜しくお願いします」
 「うん。よろしく。この辺は去年やったばかりで、まだキレイだから、そんなに心配しなくていいよ」
 厳つい顔に似合わぬやさしい物言いに、ナイヴィスは少し、肩の力が抜けた。
 「今回が、初めてなんだって?」
 「は、はい」
 トリアラームルスは、ナイヴィスより頭ひとつ分、背が高い。並んで歩くだけで、威圧感があった。
 根本的な「存在の持つ力」が違うのかもしれない。

 ナイヴィスは、短くなった影を見詰めて歩いた。
 「三界の魔物は厄介だから、我々に任せてくれていいよ。君たちは、他の魔物をなんとかしてくれるだけで充分だ」
 「いいんですか? 私はみんなから、魔剣で三界の魔物にトドメを刺すようにって、言われたんですけど……」

 隊長や隊員だけでなく、当の魔剣ポリリーザ・リンデニーにまで、念押しされた。
 ナイヴィスはその為だけに、空調管理室の文官から、烈霜騎士団の魔剣使いに転属させられたのだ。

 「でも、初めてなんだし、無理に戦わなくてもいいよ。焦って怪我すると、却ってよくないからね」
 「そう言うものなんですか?」
 見るからに屈強な、叩上げの武官から意外なことを言われ、ナイヴィスは困惑した。
 もっとヤル気を出せとか、逃げるなと言われるかと思っていたのだ。
 「最初は誰だってそうだよ。生き残って経験を積んで、それからだ」
 「視えるようになった三界の魔物は、強いって聞きました。最初は、弱い魔物にしてくれればよかったのに……」

 隣を歩くトリアラームルスのやさしい言葉に、つい、弱音が口を突いて出る。
 トリアラームルス副隊長は、複雑な表情で遠く……国土を囲む山脈に目を遣った。

 「視えない魔物を、どうやって倒すか、知っているか?」
 「えっ? いいえ」
 「三界の眼をお借りするんだ。【刮目】で七日間、嫌でも視えたままになる……何もかもが、な」

 【導く白蝶】や【飛翔する蜂角鷹(ハチクマ)】には、術者の視力を他人に貸す術がある。
 肉眼の視力……物質を見る力を借りた場合は、瞼を閉じれば見えなくなる。
 霊視力や三界の眼を貸す側は、訓練や日々の慣れによって知覚を認識から外し、用のない時は「視なかったこと」にできる。
 だが、借りた者は、その知覚を遮断できない。

 「視えたまま……ですか? えーっと……」
 それのどこに不都合があるのかわからない。

 〈あなたって、お勉強はできるのに、バカよね。経験不足のせい?〉

 ……どう言うことですか?
 流石にムッとすると、魔剣は溜め息交じりの思念を返した。

 〈あの家と納屋の隙間をご覧なさい〉
 言われた方に目を遣る。
 日の射さない隙間に、形の定かでない雑多な妖魔が犇めいていた。
 自然にわいたモノなのか、穢れから生じたモノなのか。虫のようでいて、肉があるようにも視える。
 同じ形は一匹もいない。
 ナイヴィスは、思わず目を逸らした。

 〈あれは、肉眼では視えない弱い雑妖。どこにでも発生するし、日の光を浴びれば消えてしまう。儚い存在よ〉

 醜悪な姿に吐き気を催しながら、ナイヴィスは聞いた。
 ……結界の内側でわいたら、他所へは行けない、アレですよね?

 〈そうよ。でも、普段は気付かないでしょ? 存在が希薄だから、意識してちゃんと視ないと、視えてこない。ずっと視えたままだと気が滅入っちゃうから、無意識に霊視力を閉じて、視ないようにしてるのよ〉

 ナイヴィスと魔剣ポリリーザ・リンデニーは、心が繋がっている。
 家の隙間をチラリと視たその一瞬で、質疑が交わされた。

 「あぁ、ほら、例えばそこの家と納屋の隙間に、雑妖が居るだろ?」
 トリアラームルスが、魔剣と同じ場所を示す。
 「みんな、普段は気にしないけど、あぁ言うのとか、人の心の穢れとか、イヤなモノがずっと視えたままになるんだ。寝てても、三界の目を閉じられないから……」
 「あれが……ずっと……」
 心の穢れがどう視覚化されるのか、想像もつかない。

 二人に言われ青くなるナイヴィスに、トリアラームルスは、優しく微笑んだ。
 「うん、まぁ、でも、醜くて怖いモノだけじゃなくて、とてもキレイなモノも視えるからね。人の心って、結構キレイだよ」
 トリアラームルスが、花の咲く様子を真似て、顔の横で何度も手を握っては開く。
 「喜びがお花みたいに、ふわって咲いて視えたりするんだ。まぁ、何が見えても、その人が何を考えているか、内容まで読める訳じゃないけど……」

 三界の眼には、美醜、清濁、善悪、全てが入り混じった混沌が視えるのか。

 「副隊長は、三界の眼を拝借されたことがあるんですか?」
 「あるよ。毎年、夏になると、黒山羊の王子(チョールヌィ・カジョール)殿下にお供して、結界の保守と三界の魔物の討伐に行くからね」

 王族を家紋で呼ぶと、全員が「野茨様」になってしまうので、呼称には個人の(しるし)を用いる。
 中でも、三界の眼の能力者は、徽に「黒」を冠する仕来りがあった。黒は何物にも染まらぬ不動の色だからだ。巷に漂う種々の穢れや、三界の魔物の瘴気に中てられ、それらに染まることのないように……との願いが込められていた。

 「今年も、来月にはお出ましになるよ」
 「毎年……」
 「まぁ、辛いだけの任務ってワケじゃないよ。慣れれば、キレイなモノを視る余裕も出るし、完遂したら、みんなの喜びが弾けて、凄くキレイなんだよ」
 そう言って微笑むトリアラームルスの瞳には、翳りがあった。
 討伐対象の三界の魔物は弱くとも、視界に入る穢れ……人間の心の闇は、深く恐ろしいのだろう。
 新人魔剣使いに説明することすら、憚られる程に。

 〈わかったら、視たついでに、始末なさい〉

 「えっ?」
 思わず、柄を見る。

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