■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-43.プロポーズ(2016年04月10日UP)

 〈あら、頼もしい。武者震いしてるの〉
 ……わかってる癖に、からかわないで下さい。怖いんですよ。
 〈武者震いってことにしときなさいよ。怖い怖いと思ってると、怖くないものも怖くなっちゃうのよ〉
 ……そんなコト言われましても、怖いものは怖いんですよ。
 〈怖がったって仕方ないでしょ? 騎士なんだから、民の為に危険を排除しないと〉
 ……私は別に、自ら望んで騎士になったんじゃありません。

 〈私にはあなたしか居ないのに〉

 女騎士ポリリーザ・リンデニーが、妙に艶めかしい思念を送る。
 ナイヴィスはムッとして言い返した。

 ……だったら、真名を教えて下さっても、いいんじゃありませんか?
 〈あら、それ、プロポーズ?〉
 ……ちッ違いますッ!
 魔剣となった女騎士相手に、思わず赤面する。

 魔法文明圏の国々では、家族以外に真名を教える習慣はない。
 親戚にも教えない。
 両親と兄弟姉妹、夫婦だけの秘密だ。家庭によっては、兄弟姉妹にすら教えない。
 それ故、「真名を教えて下さい」は、一般的な求婚の台詞として定着している。

 ナイヴィスの真名、サフィール・ジュバル・カランテ・ディスコロールは、あっさり読まれてしまったが、魔剣となった女騎士の真名は、書類に記されていた「ポリリーザ・リンデニー」しかわからない。
 女騎士がナイヴィスとの間に壁を築き、心を読ませないのだ。
 書類の記録は、女騎士の殉職当時、まだ健在だった両親からの聞き取りで残された。
 退魔の魂は、真名の一部すら残されていないものが、圧倒的に多い。真名を知る親族が一人も残っていないか、居ても教えない場合が殆どだ。
 女騎士ポリリーザ・リンデニーの両親は、役所の照会に応じた。
 娘が人としての生命を終え、退魔の魂の魔剣として、騎士団の備品になったとは言え、真名の全てを明かすことには抵抗感があったのか、記録には一部しか残っていない。

 〈ふっふふふっ、内緒。あなたにもっと、騎士の自覚と、戦う意志があれば、教えてあげられるんだけど〉
 今は無理ね、とナイヴィスの頭の中にひらひら手を振る映像を送りつける。
 ……リーザ様がそう思われるのなら、私は一生、無理で結構ですから、文官に戻して下さいよ。
 ナイヴィスの泣き言に、溜め息を吐く女騎士の映像が送られた。
 〈昨日のあの決心は何だったの? こんな小さな森に入るくらいで、そんなに怖気付いて、弱音吐いてどうするの?〉
 ……弱音を吐くことすら許されないなんて……

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