■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-35.鼻つまみ者(2016年04月10日UP)

 そいつはね、この村に古くから住んでる一族の長男なんですよ。
 去年の春から行方知れずになってたんです。
 そいつが居なくなった時、もうよぼよぼの母親が哀れっぽく、みんなに探すように頼んで回ったんですけどね、誰も首を縦に振らなかったんです。
 勿論、ウチも断りましたよ。
 行方知れずになった理由が理由ですからね。

 どこから言ったもんか……そうさねぇ……そいつの子供時代から……いや、もうちょい後からでいいやね。
 そいつは十代半ばくらいから、聞かれもしないのに、女の好みを言うようになったんですよ。

 「女は若い方がいい。常命人種はすぐ劣化するから論外。長命人種こそ至高」

 そんなことを憚りもなく言うもんだから、みんなに白い目で見られてたんですよ。
 なんせ、この村には長命人種は居なくて、そいつも含めてみんな、毎年、年取る常命人種なんですから。
 そりゃ、何百年も若いままで過ごせて、人によっちゃ千年近く生きるなんて、羨ましく思うこともなくはないんですけど、長命人種には長命人種の悩みがあるって言いますからね。いいことばっかりでもないんでしょう。
 そいつには姉と妹も居ましたけど、勿論、常命人種ですよ。

 姉妹からしょっちゅう窘められてましたけどね、聞く耳持っちゃいませんでしたよ。
 「ババアの僻みだ」
 「女の醜い嫉妬だ」
 「若い女が羨ましくて言うんだろう」
 ……なんて憎まれ口ばっかり叩くもんだから、仕舞いに姉妹からも愛想尽かされてましたね。

 当時健在だった祖父も父親も、何も言わなかったんですよ。あいつと同じ考えだったんでしょうかね?
 姉妹はずっと遠くの村に嫁いで、村に全く寄りつかなくなったんで、今、元気でいるかどうかも……
 親戚連中は姉妹の婚礼の後、その一家との付き合いを減らしましたよ。とばっちりが嫌で。
 そんなことになっても、そいつの家族は、何も言わなかったんですよ。

 「ふむ……一家を上げて、倫理観が希薄だったのだろうか」
 「この親にしてこの子あり……って奴ですか?」
 「そうなんでしょうねぇ……姉妹は真っ当に育ったのにねぇ……」
 おかみさんは、隊長とトルストローグに頷いて話を続けた。

 それから、成人の儀をする年頃も過ぎて、そいつと同年代の若いコたちは、恋仲になって次々婚礼が挙げられたんですよ。
 そいつは、村の若いコたちを祝福するどころか、嘲り笑ってましたね。

 「あんな、すぐ劣化するのとくっついて」

 そいつと同年代の若夫婦に子供が産まれても、そいつは幼馴染たちを祝福するなんてことは、とうとう、一回もなかったんですよ。
 母親になったコたちに、酷い侮辱の言葉を投げつけて、卑猥なことばっかり言うもんだから、一人、また一人、一応付き合ってくれてた友達も失くしてましたね。

 祖父が亡くなって、両親も年取って弱ってきて、そいつも三十路を半ばを過ぎた頃だったかねぇ。なんせその頃には、幼馴染夫婦の子供たちの世代も、成人の儀に行く年頃になってましたね。
 そいつは相変わらず独り身でしたよ。
 変なコト言わなきゃ、顔もそれなりで、畑もちゃんとしてるから、普通に結婚できたと思うんですけどねぇ。何をどこでどう間違ったんだか……

 小さい頃は仲が良かったコが、そいつの父親の葬式の時に、ふっと聞いたんですよ。
 「この村には長命人種が居ないのに、どうして他所へ嫁を探しに行かなかったんだ?」
 「姉貴たちは薄情だから、この村を捨てて出て行った。跡継ぎの俺まで出て行ったら、お袋が可哀想だろう。そんなに言うんなら、お前が俺の嫁、連れて来いよ。もう顔とかどうでもいいから、そいつで我慢してやるよ」
 「俺も、知り合いに長命人種は居ないからなぁ……ま、頑張れよ」

 「え………………」
 緑の手袋小隊と魔剣は、言葉を失い、おかみさんの話に耳を傾けた。

 年老いた母親と二人暮らしになってからと言うもの、そいつは、成人の儀を終えたばっかりの若い娘さんに、声を掛けて回るようになったのよ。

 「この俺が、常命人種のお前なんかで妥協してやるんだから、有難く思って嫁に来い」

 そんなこと言われて、自分の父親と同年代の男に嫁ぐような、奇特なコなんていやしませんよ。
 長命人種ならまだしも、四十を越えた常命人種じゃ、先が見えてますし。
 もう母親もよぼよぼで、家事ができなくなってきてたから、代わりが欲しくなったんでしょうねぇ。

 「もう決まった人が居るから」
 遠回しに断った娘は、売女呼ばわりされて泣いてましたよ。
 あんな奴に言われたくないって。

 「お父さんと同い年の人は無理」
 正直に断った娘は、この世の悪をみんな煮詰めたような極悪人呼ばわりで罵られてました。

 みんなもう、呆れ返って物も言えなくなってましたね。
 みんなが言い返さないことをいいことに、そいつと母親は威張り散らしてましたけど。
 村長さんも村のみんなも手を焼いて、ただでさえ薄かった近所付き合いが、もっと減りましたね。
 忙しい時期には、みんなで助け合って畑仕事をするんですけど、それも断ってましたから、その家の畑だけ荒れ放題。
 よくないんですけどね。雑妖がわくから。

 「でも、それでも、関わりたくないって言う、私らの気持ち、わかっていただけますか?」
 「あ、あぁ、うむ。そう言う事情ならば、止むを得まい」
 隊長が肯定すると、おかみさんは安心して話を続けた。

 未婚で村に居たら、そいつに何されるかわからないって、親御さんが心配して、娘さん達も怯えて、何人もが大急ぎで縁談をまとめてましたよ。
 他所へ嫁いで村……いえ、そいつから逃げるコが多くて、住人が随分、減ってしまったんですよ。
 ウチの娘も、早いとこ結婚させて……あ、相手はこの村のコだったんだけど、隣村へ引越しさせましたから。
 偶にしか会えなくなってしまって、淋しいったらありませんよ。

 「それは……大変でしたね」
 ムグラーが溜め息をつく。おかみさんは大きく頷き、手振りを交えて答えた。
 「そうなんですよ。もうね、村の中で若い娘が婚礼なんてしようものなら、あいつが大声で新郎新婦を貶しまくって大変だから、近くの林でこっそり、家族だけでするようになったんですよ」
 その場所が、三界の魔物と遭遇した林だと言う。
 「あぁ、丁度良さそうな場所でしたよね」
 「そうなのよ。村のみんなで、婚礼の日はあいつを林に近付けないように、適当なことを言って引き留めてもらって、申し訳なかったわぁ」

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