■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-36.癒しの条件(2016年04月10日UP)

 成人の儀が終わったコがみんな嫁いで、村に残ってる女の子が子供ばっかりになったら、あいつったら今度は、小さいうちに手懐けようと思ったのか、知りませんけど、猫撫で声でお世辞を言って、小さな女の子に近付くようになったんですよ。
 「お嬢ちゃん、かわいいねぇ」
 「将来、美人になるから、俺のお嫁さんにしてあげようね」
 なんて声を掛けて、お菓子をあげようとしてたんですよ。
 三十歳以上も年の離れたおじさんに、幼い娘たちが嫁ぐ道理がないのにねぇ。

 ……うわぁ。
 〈うわぁ……〉
 ナイヴィスと魔剣の心が、初めてひとつになった。
 「それ、私も言われた。お嬢ちゃん、処女なんだねぇ、かわいいねぇって! 最悪ーッ!」
 「騎士様も言われたのかい……お気の毒に……」

 三界の魔物は、ナイヴィスとワレンティナが【青き片翼】の呪文を唱えるのを見て、そう言ったのだ。
 医療の魔法は【飛翔する梟】【青き片翼】【白き片翼】など、複数の学派に分かれている。
 術者に身体的な条件が課される術が多い。
 生命に関する術は、大部分が未婚でなければ使えない。
 術理解析を行う【舞い降りる白鳥】の学者達は、もっともらしい仮説を立てているが、真相は不明だ。
 治療の術は、死すべき生命をこの世に繋ぎ留める。重ねて、新たな生命を創る行為を行えば、世界の霊的な均衡を崩してしまう。男性に子を孕ませる術があるせいか、類似行為によっても資格を失う。
 それ故、男女問わず、純潔でなければ術を発動できないのだろう、と言うのが、大方の見解だ。

 どんなに魔力が強くとも、一度「資格」を失えば、治療の術は殆ど使えなくなってしまう。結婚を機に、薬師に転職する者が多い。
 女性は子を産んだ後、お産に関する術が使えるようになる為、男性医師程には、周囲から結婚を咎められることは少ない。
 男女問わず、【飛翔する梟】など医師の結婚は、余り祝福されず、時には医術の資格を失わせない為に、恋人や婚約者が殺害されることさえあった。
 古い時代には、身寄りのない子は術で成長を止められ、生涯、子供のまま、医師として過ごす場合が多かった。
 現在は人道上、成長を止めることは、大半の国で禁じられている。
 ナイヴィスとワレンティナが、村での宿泊で必ず同室にされるのは、これが理由だった。

 「しかも……お嫁さんになれって意味って、冗談でしょ?」
 「ごめんね、あんなの野放しにして、ホントにごめんなさいね」
 「あっ、そう云う意味じゃないの、おばさんは悪くないの」

 女の子たちは、下心丸出しの下卑た笑い顔を怖がって、何も受け取らずに逃げ回ってましたね。
 ウチだって、何回も女の子たちを匿いましたよ。
 村長さんと村のみんなで、そいつと母親に苦情を言ったんですけどね。

 「折角、この俺が可愛がってやってんのに、何だ、その態度はッ!」

 とかなんとか、逆に怒鳴り散らされて、逃げ帰る羽目になりましたよ。
 そいつの親戚にも大分、強く言ってもらったんだけどねぇ。
 誰の言うことも、僻みだの何だのって捻じ曲げて、まともに聞きゃしないんですよ。
 小さい女の子たちは、そいつが村に居る間は、外で遊ばなくなってしまいましたよ。
 そいつと母親が畑に出てる間に外で遊んで、姿が見えた途端、家へ逃げ帰って……
 可哀想に。村の中で自分ちの近所なのに、安心して遊べないなんて……
 どっちも、人を詛う術を知ってれば、罪を犯してでも、相手をどうにかしてしまったかも知れませんねぇ。
 まぁ、この村は平和で、暮らしに必要な【霊性の鳩】と、農作業で使う【畑打つ雲雀】以外の術を知ってる者は、居ないもんですから……
 あぁ、村でひとりの猟師だけが【飛翔する鷹】を知ってますけど、それだと、人殺しになってしまいますからね、流石にそれは……

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