■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-28.小さな林で(2016年04月10日UP)

 この区画には他に農具小屋はなく、昨日同様、薮の雑妖を退治して回った。
 茄子畑の隣は休耕地で、一面が雑草に覆われていた。草地に分け入ると、バッタが飛び出す。柵で鳴いていた蝉も飛び立つ。

 生い茂った葉陰にも、雑妖が居た。
 毎日、夜間に発生して、昼には消えるのか。目につく雑妖は、どれも存在そのものが希薄で、小さく、形も成さない。
 トルストローグが、手で草の葉を掻き分ける。
 葉陰に日が射し、靄のような雑妖が消滅した。

 休耕地にも、灌木のような大型の草が生えている。それに葉の大きな蔓草が巻き付いて出来た茂が、あちこちにあった。
 「落ち着いたようだな。【白銀の網】は張れそうか?」
 五つ目の茂で、隊長に声を掛けられた。
 完全に腫れもの扱いだが、ナイヴィスには、それを不快に思う気力すらなかった。
 「多分、大丈夫です」
 自信のなさに声が小さくなる。
 「昨日いっぱいしたし、大丈夫よ」
 ワレンティナがノーテンキに笑う。

 隊長の気遣いも、ワレンティナの笑顔も、ナイヴィスの心に重くのしかかった。

 顔を上げると、トルストローグと目が合った。力強く頷いて、両掌を差し出された。
 ナイヴィスは幽かに首を動かし、震える手を差し出した。
 そんな有様で唱えた呪文でも、【白銀の網】は正しく発動した。
 青い実の生る茂を絡め、勢いよく引く。昨日と同じ。雑妖が音もなく消えた。

 「白銀(しろがね)蜘蛛(くも)の糸編み網と成し 妖かしを絡める(あや)現世(うつよ)の物は掛からじ 魔を捕る網よ」
 ワレンティナもムグラーと組み、声を合わせて【白銀の網】の呪文を唱える。
 二人の手の間に【白銀の網】が現れる。
 少しずつ距離を空け、隣の茂みを囲む。
 ワレンティナはゆっくりと網を広げるが、風に煽られたように揺れ動き、捻じれて絡まった。
 「あ、また……」
 集中が切れたのか、魔力の網が消えてなくなる。隊長が苦笑した。
 「うむ。ここまでは良いのだがなぁ……」

 日が天高く昇り、影は足下で縮こまっている。
 「そろそろ、飯にするか」
 隊長が小さな林を見遣る。
 樹木は二十本足らず。中心に平らな岩がある。
 この畑を耕作する年には、村人たちの休憩場所になっているのだろう。
 静かな場所だ。近付くと、岩の傍に湧き水が見えた。
 ワレンティナが一番乗りで、林に足を踏み入れる。
 「おなかすいたー。早く食べよー」
 「待てッ!」
 ムグラーが鋭い声で制止した。【索敵】の目が樹上を警戒する。
 ワレンティナは足を止め、剣を抜いた。

 「騎士様、そんなおっかない目で睨まんで下さいよ」
 樹木の上から、のんびりした男の声が聞こえた。
 ナイヴィスは、人の良さそうな声にホッとした。
 隊長とトルストローグが、抜き身の剣を手に、ナイヴィスの前へ出る。二人も、枝葉が茂る樹上を注視している。
 「ここは涼しいし、水もありますよ」
 声は招くが、姿は見えない。
 騎士たちは、動かなかった。
 場に緊張の糸が張り詰める。

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