■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-05.監視と追跡(2016年04月10日UP)

 鳥の声で目が覚めた。
 腹に何か乗っている。
 横を見ると、ワレンティナが寝ていた。
 状況を思い出し、ナイヴィスは従妹の足を腹から降ろし、そっとベッドから抜け出して、表へ出た。

 遠く山の()が白み、濃紺の空から星々が姿を消しつつあった。
 井戸端へ行き、水を起ち上げる。
 「優しき水よ、我が声に我が意に依り、起ち上がれ。
  漂う力、流す者、分かつ者、清めの力、炎の敵よ。
  起ち上がり、我が意に依りて、洗い清めよ」
 顔を洗い、汚れを捨てた水を円盤状にして、宙に浮かべた。
 ナイヴィスの胸高さに浮かぶ水鏡が、空を映す。
 毎朝の習慣となっている天気予報……【空読み】の呪文を唱えた。
 「空の色、雲の流れは風の道。
  天の相、雲の道行く水の精、一日(ひとひ)の候をここに表す」
 力ある言葉に従い、水盤が朝昼夕夜の四色に分かれ、それぞれの天候を光で示す。
 四つの区画に浮かぶ光はいずれも、快晴を示す黄色だ。
 よく見ると、夕方の隅に雨を示す青い光が、小さく点っている。夜の初め頃に夕立がごく短い時間降る。

 ナイヴィスは、朝食の席で今日の天気を告げた。
 「暑くなりますな。村の者に【耐熱】を切らさぬよう伝えます。ありがとうございます」
 村長がナイヴィスに笑顔を向けた。
 誰かが術で天候を操作しない限り、【飛翔する燕】の天気予報が外れることはない。

 朝食後、片付いた食卓に地図を広げ、ソール隊長が今日の予定を説明した。
 カボチャの実は本来、魔獣・跳び縞の餌ではない。
 何者かが魔獣を使役していることが考えられる。
 魔物を一時的に支配し、使役する術は複数ある。そのひとつに、使い魔の視聴覚情報を得られる術がある。
 術者は既に騎士団の出動を把握している、と見た方がいい。

 「使役されているのが跳び縞だけなら、大した脅威ではない。二手に分かれる。一組は、昨日に引き続き、畑の監視。もう一組は足跡の追跡」
 一昨日の降雨で、地面はぬかるんでいた。
 跳躍の方向を見誤らなければ、あの巨大な足跡を見失うことはないだろう。
 「追跡組は、トルストローグ、ワレンティナ、ナイヴィス。畑の監視はムグラーと自分」
 「追跡なら、任せて下さい」
 トルストローグが胸を張った。その厚い胸板で、【歩む(トキ)】学派の徽章が輝いている。
 彼が修めたのは、考古学などに用いる調査の術が多い魔術系統だ。
 監視役を割り振られたムグラーは、【飛翔する蜂角鷹(ハチクマ)】学派。
 こちらは攻撃も可能だが、索敵や探知、防禦系の術を中心とする系統だ。
 隊長と二人でも、魔法を使えば、広大な畑の監視が可能になる。

 緑の手袋小隊の五人は、村人と共に畑へ出た。
 村人たちは騎士と別れ、森とは反対方向の畑へ向かう。
 七月の空は晴れ渡り、青々と茂ったカボチャの葉で、朝露が真珠のように輝いていた。
 農道脇の木から、蝉の声が降り注ぐ。
 カボチャ畑の北には、森陰が朝靄に霞んで見える。その遥か彼方で、ムルティフローラの国土を囲む山脈が、影絵のように連なっていた。
 爽やかな夏の朝だが、ナイヴィスの足取りは重い。
 「おい、ナイヴィス、遅れとるぞ。一人だけ離れるんじゃない」
 ソール隊長の声に、慌てて追いかける。

 昨日、ナイヴィスが転倒した地点に着いた。
 よく肥えた畑の土が、上半身の形にくっきりと窪んでいる。
 ムグラーが濃い茶色の前髪をかき上げ、昨日、魔獣が跳び去った方角を見た。
 精悍な顔立ちで、均整のとれた体に魔法の鎧を軽々と纏い、剣を佩く。
 一般の人々が思い描く「正騎士」の姿そのものだ。
 ナイヴィスは五月に叙勲を受けた後、引き継ぎの合間に訓練を続けてきた。まだ手足も華奢で、ひょろりとしている。以前に比べれば、筋肉も体力もついたが、元々、武官として訓練を積んできたムグラーや隊長には、遠く及ばない。
 「じゃ、行ってきます」
 「うむ。気を付けてな」
 トルストローグが、ムグラーの見詰める方向に歩き始める。
 ナイヴィスとワレンティナも、監視組の二人に声を掛け、トルストローグのずんぐりした後ろ姿を追った。

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