■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-22.道守りの歌(2016年04月10日UP)
「星巡り道を示す 行く手照らす 光見よ
迷う者 皆 見上げよ
撓らう風の慫慂受け
翰鳥の眼 鵬程見晴らす
大逵の際涯目指す旅を祝う」
凛とした声が、朝靄の中を流れ、力ある言葉を紡ぎ出す。
言葉に魔力を乗せ、魔を退ける壁を謳い、創り出す。
細い手が掲げる杖は、白山羊の頭部を模した飾りが三つ。
ムルティフローラ現国王の第七王女の徽は三つ首山羊だ。
「この道に魔の影なし 行く手清める 光受け
弱き者 皆 守れよ
境に魔は消え 草枕
迫る獣を躱して道行く
大逵の際涯目指す旅を祝う
日輪追い 影を計り 四方の示す 方を見よ
弱き者 皆 抱けよ
陸行く足に祈誓う旅
樹雨避けて道に順う
大逵の際涯目指す旅を祝う」
四つ辻の中央で一度、呪文を唱え、結界の起点を指定する。【歌う鷦鷯】の呪文は、全て歌だ。
言葉と魔力と旋律が、魔を退ける不可視の壁を築き上げる。
「言に乗せ 道を清め 行く手守る 光仰げよ」
王女は杖の石突きを地に突き立てた。
石突きは山羊の蹄型で、四つ辻に足跡が刻まれる。
近衛騎士が周囲を固め、王女は呪文を唱えながら、歩き始めた。
【道守り】は、呪文を詠じながら歩いた道から魔物を排除し、侵入を阻止する結界の術だ。【道守り】を敷いた道で囲まれた区画も、同時に守られる。
三つ首山羊の王女は、農村を中心として、その周囲に広がる広大な農地と牧草地を囲む為、出発した。
村長ら、主だった村人と緑の手袋小隊は、王女一行の姿が見えなくなるまで見送った。
「さぁ、我々は、内に潜む魔物を祓うぞ」
ソール隊長の声で、ナイヴィスは我に返った。
〈歌にうっとりしてる場合じゃないでしょ〉
魔剣ポリリーザ・リンデニーが、隊長の命令に説明を加える。
物質的な身体を持たない魔物は、霊視力のない者には視えない。
日のある内は薮や叢に潜み、穢れと魔力を喰らって際限なく育つ。
魔物が物質界の生き物を喰らえば、実体を得て、存在がこの世に定着する。
完全に実体化し、肉体が完成した魔物を魔獣と呼ぶ。
肉体を備え、この世に定着した魔獣には、日中に活動する種もある。
魔力を持つ生き物を喰らえば、その肉体はより大きく強くなり、際限なく育つ。また、この世での肉体で、普通の生物同様、繁殖もする。
この世で生まれた魔獣の子孫は、最初から肉体を備えているが、魔物から成った魔獣よりも弱い。経験も喰らった魔力も不足しているからだ。
魔物も魔獣も、体が大きなモノは、強い。
騎士団だけでなく、町や村の自警団、更にはトルストローグが以前していたような、民間の専門職などが、それなりの頻度で魔物や魔獣を退治している。
〈だからね、そんな心配しなくても、私より強い魔物や魔獣なんて、そうそう居るもんじゃないから〉
自信満々に言われたが、その魔剣を振るうのは、文官上がりのナイヴィスなのだ。
カボチャ畑では、魔獣と接敵する前にすっ転んでしまった。
己というものをよく理解しているナイヴィスには、何ひとつ安心できる気がしない。ナイヴィスは小さく溜息を吐いた。
〈そんな心配しなくても大丈夫よ。王女殿下に【道守り】の後、【空の守り謳】も掛けていただけたら、楽勝になるんだから〉
……じゃあ、それまで出発を遅らせてもよかったんじゃないんですか?
〈王女殿下だけ働かせて、自分は楽するつもり?〉
……あ、いえ、そんなつもりじゃ……
〈いいから、さっさと行きなさい。どんな魔物や魔獣が居るかなんて、見てみないとわかんないんだから〉
気が付けば、少し遅れている。ナイヴィスは、慌てて緑の手袋小隊の後を追った。
緑の手袋小隊は、畑の隅に生い茂る薮の前で止まった。
「白銀の蜘蛛の糸編み網と成し 妖かしを絡める綾に現世の物は掛からじ 魔を捕る網よ」
トルストローグとムグラーが、向い合せに立って互いの掌を合わせる。
呪文の詠唱を終えると同時に、一歩退がった。離れた掌の間に、輝く網が現れる。
二人は歩調を合わせ、ゆっくり距離を開ける。魔力で編み出された網が広がる。
〈ずっと陰になる所に、網を掛けて引っ張るの。そこに潜んでる魔物や、小さい魔獣だけが捕れるってワケ〉
……へぇー。
〈感心してる場合じゃないでしょ。雑妖は日に当たるだけで消えるけど、魔獣はあなたたちがトドメを刺すのよ〉
……えっ。
〈ほら、来るわ。抜いて〉
ナイヴィスは慌てて鞘を外し、身構えた。
二人が薮を半周し、同時に引く。網に絡め取られたモノたちが、引きずり出される。
夏の日射しに晒され、雑妖は声もなく消滅した。後に残ったのは、トカゲに似た魔獣二匹だ。
身体の大きさはイタチくらいだが、指が肥大化し、頭部と同じ大きさの鉤爪が生えている。
「毒があるから、なるべく咬まれんようにな」
ソール隊長の声に隊員の表情が引き締まる。
黄色地に紫の斑が入り、いかにも毒がありそうな「毒々しい」体色だ。
「ナイヴィス、やってみろ」
「えっ? 私が、ですか?」
「実体のある奴を倒すのは、初めてだな。まぁ、二人が捕えている間にやれば大丈夫だ」
〈術が切れたら逃げちゃうでしょ、さっさとなさい〉
二匹は、輝く網の中でもがいている。
逃れようと、絡まったまま別方向へ走るせいで、網が別の生き物のように蠢く。知能は高くないらしい。
〈その大きさなら、一撃で消せるから〉
ナイヴィスは強張る足をなんとか前へ出し、魔剣を構えた。
魔獣がジタバタするだけでなく、ナイヴィスの手も震え、全く狙いが定まらない。
「おい、もう術が持たんぞ」
トルストローグが鋭く言う。
ワレンティナが呪文の詠唱を始めた。
「力得よ 石よ意志持ち 飛び立て敵へ……」
少なくとも、一匹は任せられるが、ナイヴィスは動けなかった。
「外してもいいから、取敢えず振れ。剣をこう……持ってな。垂直に、柄をしっかり持って、落とすように突け」
隊長が横に立ち、自分の剣で見本を示す。
ナイヴィスは何とか頷き、隊長の動きを真似た。
目をつぶって闇雲に突いて当たる筈もなく、魔剣は地を穿った。同時に網が消える。
足下から、何かが飛び出す。目を開けたナイヴィスは、思わず身を竦ませた。
魔力を帯びた礫が飛ぶ。逃げる魔獣に降り注ぎ、容赦なく一匹の背骨を折り、もう一匹の頭を潰した。
「うーん、網じゃ中で動くからなぁ」
「次は【呪縄】で固定しましょうか」
トルストローグとムグラーが相談する。
石からはみ出した魔獣の尾が、痙攣している。
動かなくなった途端、消えた。乗っていた石が、音を立てて地に落ちる。
「さぁ、ぐずぐずしている暇はないぞ。次はあの茂みだ」
隊長が、牧草地の茂みを指差した。