■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-34.平和な朝食(2016年04月10日UP)
目が覚める。
知らない部屋だ。ぼんやりした頭で見回す。ナイヴィス一人で、知らないベッドに寝かされていた。
身を起こすと、左腰に固い物が触れた。布団をめくる。剣の柄があった。鞘も刃もない。
「リーザ様……」
〈やっと起きた。鞘はあっちの椅子の上〉
言われた場所を見る。粗末な机と椅子があった。
早朝らしい。窓の外は明るい。鶏と雀が鳴いている。
ベッドから立つ。
鎧も、その下の服も所々破れているが、汚れはない。身体にも痛みはなかった。
〈傷は、あなたと従妹ちゃんが癒したの、覚えてる?〉
戦うか、癒すか選択を迫られ、癒すことを選んだ。
トルストローグが戻り、救援に駆け付けたトリアラームルスたちが戦った。
〈他のみんなも無事。従妹ちゃんは朝ごはん。あなた、呼ばれても起きなかったのよ〉
魔剣は、ナイヴィスの知りたいことを先回りして説明する。
意識がはっきりしてきた。ここは、宿舎として割り当てられた村人の家の一室だ。
耳を澄ますと、畑へ出る村人の話声が聞こえる。平和な朝だった。
ナイヴィスはゆっくり歩いた。少しふらつくが、問題なさそうだ。
鞘を付け、背筋を伸ばし、部屋を出た。
手洗いと洗顔を済ませると、さらに意識が鮮明になる。
〈昨日のお昼前から何も食べてないの。おなか空いてる?〉
一日近く眠っていたことになるが、空腹感はなかった。
〈他のみんなは、あの後、村に戻ってお昼も食べてたのよ。あなたは消耗が激しくて、起きられなかったのね〉
……リーザ様が、身体を乗っ取ったからですね?
〈そうよ。他の人は、私を受け容れることもできないけどね〉
あっさり肯定され、ナイヴィスは脱力した。
台所兼食堂へ行くと、緑の手袋小隊と、この家のおかみさんが話をしていた。
「あ、お兄ちゃん」
「もう大丈夫なのか?」
ワレンティナとソール隊長が腰を浮かす。
「あ、はい。お陰様で……ご心配をお掛け致しまして恐れ入ります」
「助かったのは俺たちの方だ。的確な状況判断、流石だよなぁ」
トルストローグが感慨深げに言う。
朝食は済んでおり、食卓はすっかり片付いていた。
おかみさんがナイヴィスの朝食を用意する。
「少し早いが、今日は休みだ。まぁ、ゆっくりしてろ」
隊長が食後のお茶を手に言う。
一仕事終えたおかみさんも、食卓に着いて先程の話を再開した。
「あの、この村の恥になる話なんで、私が喋ったって言うのは内緒にして下さいね」
「うむ。どこにでもあることだ。我々がそれを他所の村で流布することはない」
ソール隊長が頷くと、おかみさんはホッとした顔で喋りだした。
「さっきのお話で、私、ピンと来たんですよ。そいつは、こちらの若い娘さん……あぁ、騎士様にこう言っちゃ失礼ですね、気を悪くしないでね」
「平気です。何がピンと来たんですか?」
ワレンティナが屈託なく聞く。年配のおかみさんは、声を潜めて答えた。
「その、三界の魔物の正体……苗床になった人間です」
「お知り合いでしたか……」
隊長が目を伏せる。
おかみさんは慌てて両手を振った。
「いえいえ、お知合いなんて、上等なもんじゃありませんよ。この村の鼻つまみ者だったんですから」
おかみさんはそれを口火に、早口でまくしたてた。