■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-14.三界の魔物(2016年04月10日UP)
五日後、カボチャ泥棒に判決が下った。
裁判官は【鵠しき燭台】の記録を見て本人の言い分を聞き、被害の大きさなどを考慮し、法に照らして判決を下す。
嘘も言い訳も通用しない代わりに、冤罪も発生しない。
「理由を説明して、水晶か何かで対価を払えば、分けてもらえたかも知れないのに、何で盗んだんでしょうね?」
「知りたければ、後で判決文でも見せてもらえ。それより、次の任務だ」
ソール隊長は、ナイヴィスの疑問を切って捨て、命令書を広げた。
いつにも増して、隊長の顔が険しい。
命令は「三つ首山羊の王女殿下に同行し、三界の魔物を討伐せよ」だった。
「護衛ですか?」
「討伐だ」
ムグラーの質問に隊長が簡潔に答えた。
〈やっと私の出番ね〉
……出番ねって、あの、それって……?
ナイヴィスの脳裡にウキウキと弾んだ声が響く。
同時に、女騎士ポリリーザ・リンデニーの知識が流れ込む。
王城の地下深くには「三界の魔物」と呼ばれる特殊な魔物が封印されている。
三界の魔物は、存在の核を物質界と幽界、冥界の三つの世界に置く魔物の総称だ。
遥か古、遠く離れたアルトン・ガザ大陸の大国で生み出された魔法生物。
魔道士に対抗する為に作られた生物兵器だ。
瘴気を撒き散らし、人々の暗い情念と瘴気で増殖し、魔力を持つ者を喰らい、成長し続ける。
存在の位相をずらして姿を隠し、攻撃を躱す。核を破壊しない限り、周辺の魔力を糧に膨張しつつ再生する。
通常の武器では、物質界の肉体を破壊するに留まる。魔法や魔法の武器ならば、幽界までは届くが、冥界には届かない。
三つの世界に同時に届く武器が必要だった。
三界の魔物は、戦場で爆発的にその数を増し、やがて軍の制御を離れ、人の手を離れ、作成時に与えられた本能に従い、破壊と増殖を繰り返した。
人間は停戦し、三界の魔物に対抗すべく各国が協力し合った。
先に三界の魔物に蹂躙されたアルトン・ガザ大陸からは魔力が枯渇し、皮肉にも三界の魔物の弱体化をもたらしていた。
一人の全存在を変換した「退魔の魂」と呼ばれる武器が開発され、多くの人間が自ら武器となり、三界の魔物への反撃が始まった。
三界の魔物は「退魔の魂」によって、その多くが消滅した。
千年以上の長きに亘る戦いの末、最初に作りだされた最も大きく強力な三界の魔物をチヌカルクル・ノチウ大陸西部、ラキュス湖の北方に封じた。
ムルティフローラ王国は、その封印の維持の為に建国されたのだ。
隊長が、重々しく告げる。
「三つ首山羊の王女殿下は、三界の眼ではないので、そこそこの魔物を相手にすることになる」
三界の魔物が発する瘴気が穢れに触れて凝ると、新たな三界の魔物が生じる。
結界では、瘴気を封じることができない為、現在でもムルティフローラ国内のあちこちで発生する。
死者の怨念や、穢れから発生した直後の三界の魔物は虚弱だが、並の人間の眼では捉えられない。
この世界の穢れや生物、魔力を持つ者を喰らい、力を付けると、通常の霊視力でも視えるようになる。
それを放置し、より力を付けさせると、肉眼でも見えるようになるが、並の戦士では太刀打ちできなくなる。
野茨の血族は強い魔力だけでなく、三界の魔物を検知する能力も持つ。
物質界、幽界、冥界の三界を同時に視る特殊な視力で、「三界の眼」と呼ばれる。
封印の監視者として王家を創設したが、三界の眼の能力者は、稀にしか生まれない。
「みんな、ナイヴィスをしっかり援護してやってくれ」
「えっ? えぇッ? 私が戦うんですか?」
「魔剣ポリリーザ・リンデニー様は、退魔の魂だ。忘れたのか?」
「あ、いえ、そうでした……」
〈ちょっと、私の話、聞いてなかったの?〉
一瞬で大量の情報を流しこまれ、ナイヴィスには把握しきれなかった。
ソール隊長が、ナイヴィスの細い両肩を叩き、励ます。
「三界の魔物にトドメを刺せるのは、退魔の魂だけだ。我々が弱らせるから、安心しろ」
「……は、はい、頑張ります」