■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-24.魔を捕る網(2016年04月10日UP)
ムグラーが【索敵】の術で知覚を拡大し、茂みを視た。
「ここには、雑妖しか居ません」
「そうか。じゃ、トルストローグとナイヴィス、【白銀の網】だ」
ナイヴィスは魔剣を鞘に収め、トルストローグと向き合った。
「落ち着いてやれば、大丈夫だから」
トルストローグは軽く言って、両手をナイヴィスに向ける。
ナイヴィスは、おずおずと自分の掌を合わせた。
トルストローグの指は太く、ごつごつしている。
ナイヴィスの指は、細くしなやかだ。
トルストローグが力強く頷いた。二人で呼吸を合わせ、呪文を唱える。
「白銀の蜘蛛の糸編み網と成し 妖かしを絡める綾に現世の物は掛からじ 魔を捕る網よ」
二人の魔力が絡み合い、掌の間で魔を捕える網が編み出された。
トルストローグが一歩退がる。二人の間で網が広がる。ナイヴィスも一歩退がった。
「少しずつ離れて、網を広げながら茂みを回り込むんだ」
「……はい」
ナイヴィスは、足下を見ながら移動した。
茂みの葉に隠れ、雑妖の姿は視えない。
ナイヴィスの掌に汗が滲む。草に足を取られ、転びそうになったが、何とか体勢を立て直し、転倒は免れた。
白銀に輝く網が、茂みを囲んだ。
「じゃ、せーのでこっちに引っ張るからな」
「は、はいッ」
ナイヴィスは茂みから目を逸らし、自分の進行方向の遥か彼方、山脈に視線を飛ばした。
「せーの、ホイッ」
トルストローグの掛け声で、ナイヴィスは目をつぶり、三歩前に進んだ。
何の手応えもない。
物質の網なら、茂みに引っ掛かるが、この網は物体には引っ掛からない。肉体を備えた魔獣は、その魔力と「存在の本質」が網に掛かり、捕えられるのだ。
何の音も気配もない。
「よしッ、終わったぞ」
トルストローグの声で瞼を上げ、恐る恐る、振り返る。
力なく垂れた網が牧草の上に広がっているだけだ。
「ナイヴィスは、誰かに合わせるのが得意なのだな。初めてでこんなに上手く行くとは、ひとつの才能だぞ」
隊長が笑顔を向ける。
「お兄ちゃん、スゴイじゃない。私、どうしてか知らないけど、毎回ずれちゃって、網が途中で絡まっちゃうのに」
「うん。そうだな。ワレンティナはもっと落ち着いて、合わせる練習が必要だな」
ムグラーが苦笑する。
ナイヴィスは、この茂みからどれだけの雑妖が発生したのか、それさえも確認していない。
日に晒して浄化したこと自体が、彼らの優しい嘘である可能性もあるのだ。
〈そんなこと疑ってどうすんのよ。気になるんなら、次はちゃんと視て、確めればいいじゃない〉
女騎士の呆れた声が、ナイヴィスの脳裡に響いた。
畑や牧草地を周り、ムグラーの【索敵】で雑妖の巣や発生源を見つけては、浄化する。
開けた場所だからか、最初の茂み以外に魔獣は居なかった。
ナイヴィスは、三度目に展開した【白銀の網】で、やっと戦果を確認した。
茂みに掛けた網を引く。雑妖で膨らんでいた網は、日向に出た途端、へこんだ。
あっけなかった。
たったこれだけのことを、何故、こんなに恐れていたのか。
ナイヴィスには、自分の恐怖の理由がわからなかった。