■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-31.仮初めの壁(2016年04月10日UP)

 「交代します! 印を付けて跳んで、近衛騎士を呼んで下さい!」
 林の外へ足を向ける。鉛の靴でも履かされたかのように重い。震える足で、沼地を歩くように進む。
 心臓が不吉なまでに激しく、鼓動を刻んだ。勇気を振り絞り、戦地へ赴く。

 「トルストローグ、行けッ!」
 隊長の命令で、トルストローグが肉片を飛び越え、林へ駆け込む。懐から羊皮紙と筆記具を出しながら走る。
 すれ違い様、ナイヴィスの肩を叩く。
 「無理すんなよッ!」
 「はっ、はい!」
 ナイヴィスはその声で呪縛を解かれたように、林の外へ走り出た。

 〈日が当たってるから、林の中より弱ってるわ。先にかけらを消して〉

 女騎士の助言に従い、ナイヴィスは斬り落とされたばかりの指先に狙いを定めた。ワレンティナに跳びつこうと、尺取虫のように身を縮めている。跳躍の瞬間と、剣を突き落とす動きが重なった。
 魔剣の刃に触れた指が、その一撃で霧消する。

 〈さぁ、次ッ!〉

 「はいッ!」
 退魔の魂の魔剣となった女騎士が、所有者の脳裡に剣技の型を展開する。
 ナイヴィスは示されるまま、剣を右手に持ち直した。姿勢を低くし、地を這う膜の破片を斬り裂き、振り切った勢いで、別の肉片も切り捨てる。

 後ろから何かがぶつかり、右腿に鋭い痛みが走った。それに構わず、足下に落ちた指先を薙ぎ払う。
 魔物は膜状の足で立ち上がった。
 ぐにゃぐにゃと波打つ肉色の膜から、無数の突起が現れる。突起はくねりながら、紐状に伸びた。
 「げっ……あれ、ひょっとして、スネ毛?」
 ワレンティナが、この状況でも冷静に、観察結果を述べた。

 ナイヴィスは本体に構う余裕はなく、ひたすら、女騎士の指示に従い、肉片を斬る。
 伸びたスネ毛が捻じれながら束になり、ナイヴィスに迫る。
 隊長の剣が、スネ毛の綱を断ち切った。切れたスネ毛が解け、風に舞う。その一本ずつが意志を持って四人を襲った。
 「ワレンティナ! 【白銀の網】だ!」
 「たっ、隊長ッ! 私、無理ですっ! お兄ちゃん……」
 「ナイヴィスしかトドメを刺せん。ムグラーと組め!」
 「やるんだ!」
 ムグラーがワレンティナに駆け寄る。ワレンティナは半ベソで剣を収め、ムグラーと掌を合わせた。
 隊長が【盾】を展開し、ナイヴィスの背後を守った。
 ナイヴィスは闇雲に剣を振るい、無数のスネ毛と戦う。

 「お嬢ちゃん、かわいいねぇ」

 【白銀の網】を開く二人を容赦なく、スネ毛と肉片が襲う。スネ毛が腕に刺さり、ワレンティナが悲鳴を上げた。幾許かのスネ毛を絡め取った【網】が乱れる。
 「ティナ!」
 ナイヴィスは剣を振り回しながら走った。無防備な二人に群がるスネ毛と肉片を魔剣で蹴散らす。
 ワレンティナに刺さったスネ毛を、剣で剃るように削ぎ落す。魔物の破片から解放され、傷口から血が滲み出た。
 「お兄ちゃん、後ろ!」
 集中が切れ、【白銀の網】が消滅する。
 「クソッ!」
 ムグラーが、魔物と二人の間に立ち塞がった。両手を広げ、魔力の【壁】を打ち建てる。

 「天地(あめつち)(あわい)隔てる風含む 仮初めの不可視(みえず)の壁よ、
 触れるまで (たぎ)真水(さみず)に姿似て ここに建つ壁」

 新たなスネ毛の束が、不可視の【真水(さみず)の壁】に阻まれ、べったり張りついて広がる。
 三界の魔物が触れた瞬間、壁が薄青く染まった。小汚いスネ毛は、半透明の壁にへばりつき、蛆虫の群のように蠢く。
 ナイヴィスは、ムグラーに刺さったスネ毛も斬り祓った。
 三界の魔物は、指を全て失った手を前へ突き出している。
 滴る血が大地に染み込み、土を取り込んで新たな魔物を生じた。
 隊長が【盾】を構え、じりじりと後退する。

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