■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-15.追儺の儀式(2016年04月10日UP)
毎年、年末になると、官吏は全ての業務を休止し、総出で城の大掃除をする。
城に張り巡らされた結界の点検や、物理的な汚れの除去の後、追儺の呪歌を歌い、霊的な穢れも祓い清める。
城内だけでなく、王都全体、辺境の小村に至るまで、家々では汚れと穢れを清め、三界の魔物を弱体化させる。
文官だったナイヴィスには、この「後方支援」しか、経験がない。
元来、キレイ好きなナイヴィスにとって、一年で最も楽しみにしている業務だった。
ここに封じられた三界の魔物は、あまりにも強大な為、僅かずつ核を縮小させる他ない。
ナイヴィスたちが大掃除をする間、王城の地下深く、封印の間では追儺の儀式が行われ、国内で最高の力を持つ者達が直接、三界の魔物を削っていた。
王都を中心とした国土全体から、封印の魔法陣の中心に力が注がれている。
今を生きる人々の生命力と魔力、亡くなった人々の【涙】に残る力。
それらを総動員し、十二人の強力な術者が協力してやっと、一度だけ、最大最強の魔物の核を滅する追儺の術を発動し得るのだ。
力の充填に約一年の時間が必要で、その間に瘴気も蓄積してしまう。
完全に消滅させるには、何千年の歳月を要するのか、誰にもわからない。
王族は随時、地方の町や村へ出向き、結界の保守を行う。
一般人の魔力では、せいぜい自分の周囲数歩分、どう頑張っても一部屋か、家一軒分が限度だ。
王族の魔力を以ってすれば、町ひとつ丸ごと、或いは、村を周囲の農地や牧草地も含めて守ることができる。
後は、中の魔物を倒し、汚れと穢れを清めれば、それなりに安全が保たれる。
「ナイヴィス、捕り物では戦う機会がなく、今回が実質、初陣だ」
「は、はい」
隊長が、ナイヴィスの両肩をがっしり掴む。
「死ぬなよ」
……それは、魔物に言っていただかないと……
〈バカね。食べられて魔物の養分にならないように、最悪、持ち場を捨てて逃げなさいって言われてんのよ〉
「えぇッ?」
「万一、ダメだとなったら、我々に構わず逃げるんだ。退魔の魂を渡してはならんぞ」
「えっ……あの……」
困惑するナイヴィスに、従妹のワレンティナが笑顔を向ける。
「私達は防禦の術も色々使えるし、三界の魔物じゃない普通の魔物や魔獣とは、いっぱい戦ったし、逃げるのも上手いよ」
「心配すんなって。俺達がちゃんと守るから」
ワレンティナは、十二歳の頃から町の自警団に参加し、戦ってきた。
新年に雪晶一族が王都の本家に集まると、その手柄話に夜明けまで付き合わされた。
トルストローグも、旅人の護衛や遺跡の調査で、数多くの魔物と戦った経験がある。
「ナイヴィスさんは、トドメだけ、しっかりお願いしますね」
隊長とムグラーは元々正騎士だ。
〈君一人、素人なのよねー。心配だわー〉
……そう思うんなら、何故、私にくっついてるんですか? ムグラーの方がずっと適任じゃありませんか。代わって下さいよ。
〈わかってないのねー。城青警備隊の隊長さんから教えてもらったでしょ?〉
……あ、でも、ムグラーたちは相性が合うか、調べてませんよね?
〈私の声が聞こえもしないのに、合うワケないでしょ〉
即答され、ナイヴィスはぐうの音も出なかった。