■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-12.犯人の連行(2016年04月10日UP)

 翌朝早く、トルストローグの【跳躍】で現場へ跳んだ。
 トルストローグが足音を忍ばせ、小屋の四方の木に呪符を貼る。
 小声で呪文を唱え、呪符の力を解放すると、小屋一帯に【跳躍】禁止の結界が発生した。
 突入は、隊長とムグラーで行う。
 トルストローグは戸の横で待機。
 ワレンティナとナイヴィスは、結界の外で魔獣や他の人間を警戒。
 隊長は小屋の戸に手を掛け、無造作に開いた。ムグラーが戸を押え、開けたままにする。
 「おはようございます」
 「えぇッ?」
 「しッ!」
 ナイヴィスは思わず驚きの声を発した。ワレンティナに足を踏まれ、涙目で黙る。
 話し声が聞こえるが、内容までは聞き取れない。
 しばらくして、隊長は一人の老人と共に出てきた。
 「儂は村の労働力を増やしてやろうと……」
 「あぁ、はいはい、続きは王都でお伺いしますから」
 隊長の合図で、二人も小屋に近付く。
 老人は、左手首に吸魔の環をはめられていた。
 環のサファイアに魔力を吸収され、思うように術を使えなくなる。
 「この小屋もカボチャで建てたんだ。こんな役に立つ研究を……」
 「はいはい、続きは専門の係に聞いてもらいますから。王都へ行きましょう」
 隊長は老人の肩に腕を回し、親しげに話す。
 老人は自分の立場が分かっているのかいないのか、自分の研究が如何に素晴らしいものか、熱く語り続ける。
 「今はまだ小さいが、いずれは、もっと大きなカボチャで……」
 「我々は武官で、難しいことはわかりませんから、王都で専門の係にお話し下さい」
 「ふん。なら、さっさと連れて行け」
 「おじいちゃん、一人でこんな森の奥まで来たの?」
 ワレンティナが無邪気に聞く。
 「ん? あぁ、そうだ。あれに乗って来た」
 老人が節くれだった指で、跳び縞を差す。
 本来、乗用になる魔獣ではないが、術で支配すれば、それすらも可能になる。
 結界の外に出て、隊長が指示を出す。
 「ムグラーは村への報告、トルストローグ、ワレンティナは現場の保全、ナイヴィスと自分は、ご老人を王都へ。作業が終わり次第、王都へ戻れ。以上」
 隊長とナイヴィスは、老人と手を繋いで【跳躍】した。

 王都南門から少し離れた烈霜騎士団専用の到着点に出る。
 「さ、着きましたよ。少し歩きますが、辛抱して下さい」
 「ふむ。こんなことなら、アレを連れて来ればよかったかの」
 王都には結界がある為、【跳躍】や【飛翔】などの移動に関する術は使えない。
 「魔獣は王都に入れませんよ」
 「あぁ、そうだったかの」
 老人は、自分が犯罪の被疑者として連行されている自覚がないようだ。
 隊長も、初めて帝都を訪れる普通の老人のように接している。
 〈あ、そうだ。魔獣制御の術は、数日しか持続しないから、放置してれば勝手に切れるわ〉

 ……そうですか。じゃあ、何もしなくてもいんですね。

 草食で害のない魔獣なら、わざわざ殺処分する必要はない。あの個体も今後は、人里離れた森の奥で静かに暮らすだろう。
 巨大な壁に囲まれた王都そのものが、魔除けや穢れを祓う術の魔法陣だ。
 ムルティフローラ王国は、急峻な山々に囲まれていた。
 王都は盆地の中央に位置する。その中心に聳える城。
 城全体が立体構造の複雑な魔法陣で、城壁に囲まれた王都もまた、魔法陣。
 国土全体が巨大な魔法陣を形成し、幾重もの魔法陣の最外周が、山脈だった。
 この魔法陣は本来、三界の魔物を外へ出さない為のものだが、同時に外部から来る他の魔物の侵入を防いでもいる。
 その土地に元々棲んでいた魔獣や魔物は結界に阻まれ、他の結界に仕切られた区域には侵入できない。
 内部の魔物を倒せば、そこは安全になる筈だが、日々生まれ、或いは現世と幽界の境界を越えて来る魔物を、全て倒すことは不可能だった。
 隊長が老人の右隣、二歩離れてナイヴィスが左後ろについて歩く。
 分厚い壁に穿たれた門は、洞窟のように暗い。道幅は馬車三台分。厚さは、民家五軒分はある。
 等間隔に術の【灯】が点され、行き交う人々を仄白く照らしていた。
 南門を抜け、石畳の道に出る。
 ナイヴィスは思わず目を細めた。薄暗さに慣れつつあった眼に外の明るさが眩しい。
 老人は、物珍しげに周囲を見回している。
 大通りの両脇に、石造りの家々が建ち並んでいる。どの家にも前庭はない。ムルティフローラでは、中庭を囲み、□型に立てることが多い。
 朝市が終わり、この時間帯は人通りが疎らだ。

 ……おじいさん、王都は初めてなのかな?

 〈さぁねぇ? 逃げる隙を窺ってるのかもよ?〉
 魔剣がナイヴィスの心を読み、笑う。
 ナイヴィスは冗談なのか本気なのか図り兼ね、老人をしっかり監視することにした。
 隊長は老人の歩調に合わせ、ゆっくり歩く。
 ナイヴィスは剣の柄に手を掛け、いつでも抜ける状態で歩いた。

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