■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-38.滅亡の危機(2016年04月10日UP)

 この村は、広場を囲んで家が建てられている。
 村長宅など、広場に面した数軒は二階建て、周辺の家は平屋建て。王都とは違い、家々には前庭がある。庭は果樹が植えられ、小さな畑になっている。
 低い土塀が、村の外周を囲んでいた。
 この村でも、土塀には棚を設け、【補強】【魔除け】【防火】などの術を掛けた石盤を組込んで、強化してある。
 魔力の供給は、石盤に【魔道士の涙】を嵌め込むことで賄っていた。

 村人は亡くなると火葬され、後に残った魔力の結晶で、死後も村を守るのだ。

 この村の住人は、長命人種ではないので、残される【魔道士の涙】は小粒だ。魔力を放出し終えれば、【涙】は砕けてなくなる。
 村人が減れば、将来的に土塀の防禦力が下がり、魔物に滅ぼされてしまうかも知れない。

 たった一人の為に、村から若い娘が次々と去り、滅亡の危機に晒されていたのだ。

 ……三界の魔物になる前から、村のみんなに迷惑を掛けて、危うく村を滅ぼすところだったんですね。

 〈そうねー。おかみさんの話じゃ、別に暴力を振るったとか、呪いを掛けたとか、ハッキリ犯罪と言えることをしてた訳じゃなさそうだし、余計にタチが悪いわ〉

 相手の迷惑を顧みず、気の赴くままに暴言を吐き続け、周囲の者から再三に亘って窘められても、聞く耳を持たない。
 呪いを掛けたならともかく、単に暴言を吐いただけでは、騎士団も動けない。
 暴力で少女を思い通りにしようとしたのではなく、菓子と甘言で手懐けようとしたに過ぎない。
 尽く失敗に終わったのは、幼い子供の目にもわかりやすく、下心が剥き出しだったからだ。

 その先には明確な不幸が待っているとわかっていても、生きた人間が相手では、力ずくで排除することも出来ない。

 そんな有様でも一応、「人間」の範囲内に収まっていれば、排除した「被害者」が加害者となり、「犯罪者」として処罰されてしまう。
 ナイヴィスには、散々見下した存在を手に入れたがる気持ちも、貶して傷付けた相手を菓子と甘言で懐柔できると思う思考も、全く理解できなかった。

 ……共同体の破壊者なのに、どうすることもできないなんて。

 ナイヴィスは歯痒く思った。
 その男は、黒山羊の王子(チョールヌィ・カジョール)殿下の忠告にすら、従わなかった。
 成るべくして、三界の魔物と化したのだ。
 ……もっと早くに、何とかできなかったんでしょうか?

 〈さぁねぇ? 私たちの仕事は、三界の魔物を倒すことよ。ならないようにするのは、本人の心掛け次第。村の人たちは、充分頑張ってたじゃないの〉
 ……家族は野放しにしてましたよね? 窘めていた姉妹は多分、村の人と同じように酷いことを言われて、心が折れて、家族を捨てたんじゃないかと思いますけど。
 〈そうね。理由はわからないけど、常命人種の女性を随分、見下してたみたいだから、常命人種の姉妹が何を言っても、耳を貸さなかったんでしょうね〉
 ……本人も家族も常命人種なのに、どうしてそんな風に思ったんでしょう? 村の人のことも、常命人種だからって、罵っていたそうですけど。

 長命人種だった女騎士は、心底、理解し難い、と言う思考を返して来た。
 ポリリーザ・リンデニーは生前も、人間を辞め魔剣となった現在も、年毎に老いる常命人種を見下していない。

 〈さぁ? 何なのかしらねぇ? 私はそんな穢らわしい考え、知りたくもないけど、あなたはそんなことを知って、どうしたいの?〉
 ……予防の役に立てられるかもしれないと思ったんですけど、ダメでしょうか?
 〈予防、ねぇ……? 誰が、どの段階で、何をすればいいのかしらねぇ?〉

 三界の魔物を斬る為の魔剣に問われ、ナイヴィスは考え込んだ。

 ……うーん……まだ、何もわかりません。でも、今回のことなら、その人がバカげた主張をし始めた時に、親がきつく言って聞かせていれば、或いは……
 〈そうかしらねぇ? その親も残念な感じの人だから、娘が二人とも逃げちゃったんじゃないの?〉
 ……あぁ……じゃあ、どうすれば……
 〈そんなの、すぐに結論が出るワケないじゃない〉

 女騎士ポリリーザ・リンデニーは殉職するまで、人間として四百年の時を過ごした長命人種だ。
 退魔の魂の魔剣となった後も、誰かの手に握られ、誰かの目を通して世間を見ている。
 生まれて三十年足らずのナイヴィスとは、比べ物にならないくらい人生経験豊富だ。
 一緒に考えてくれることを期待していたが、あっさり切り捨てられ、ナイヴィスはがっくりと肩を落とした。

 〈なるべくたくさん記録して、それを烈霜騎士団だけじゃなくて、裁判官とか他の人にも見られるようにして、なるべく多くの人が、対策を考えられるようにすればいいんじゃないの?〉
 ……もっと早く、解決策が見つかるかと思ってたんですけど……
 〈あなた一人が焦って、何もかも抱え込んで、一気に解決しようなんて、身の程知らずなんじゃない?〉
 ……小物の分際で生意気言って、すみませんねぇ。

 記録なら、ナイヴィスの得意とするところだ。
 まずは自分に可能なことから、出来る限りのことをする。
 隊長から、今日は休養に充てると言われたが、おかみさんの証言を忘れない内に書き残すことにした。
 一人で部屋に戻り、報告書用の予備の白紙に記録する。

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