■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-41.飛翔する燕(2016年04月10日UP)
幼いサフィール・ジュバルは、最初は他の何物でもなく、癒しの魔法【青き片翼】の医術を教えられた。
童歌のような【癒し】は魔力を収斂させず、術者周辺の現世に存在する真っ当な生物の軽い外傷を癒す。
初歩的な術だが、魔力が強い程、広範囲に強い効力を発揮する。
友達や家族のちょっとした傷を治すことで、魔力を使うことへの恐れを、少しずつ手放した。
医術を修めると結婚から縁遠くなる為、子供に教えない家庭も多い。
カランテ・ディスコロール家は、そうではなかった。
サフィール・ジュバルがある程度、魔力の制御に慣れると、今度は日々の生活に必要な【霊性の鳩】学派の術を教えられた。
その次は、その強い魔力を活かし、【飛翔する燕】の術を勧められた。
【飛翔する燕】学派には天候制御の術もあるが、嵐などの大きな変化をもたらすものはなく、ナイヴィスも安心して学ぶことができた。
この学派の術は、生まれ日の天候や星巡り、魔力の強さなど、術者に求められる霊的、身体的条件が多く、修められる者は少ないが、社会的な必要度は高い。
天気予報などで誰かに必要とされ、喜ばれることで、サフィール・ジュバルは少しずつ、生きる自信を回復して行った。
少しずつ外出の回数も増え、二十歳の頃には、明るい時間帯なら、一人で外出できるまでになった。魔物と同じくらいの年齢の男性への恐怖心も、薄らいでいた。
誰も、サフィール・ジュバルに成人の儀に行けとは言わなかった。
両親は、三男坊のサフィール・ジュバルが、一人で出掛けられるようになったことを、手放しで喜んだ。
近所の人から、官吏登用試験について教えられた。サフィール・ジュバルは、自分の意思で試験を受けることを決めた。
城で働くようになり、それからの日々は穏やかに過ぎて行った。
〈あー、はいはい。波風立てて悪うございましたわねぇ〉
「そう言うつもりじゃ……いえ、あの……正直、参ったなって、思いましたよ……」
思わず口に出し、取り繕おうとしたが、魔剣とは心が繋がっていることに気付き、ぶっちゃけた。
〈でも、私の声に応えたのは、あなたよ?〉
この数カ月、触るんじゃなかった、と言う苦い後悔が何度も胸に湧き上がっては、でも仕方がない、と言う諦めに消えている。
ナイヴィスは、村を囲む土塀に視線を向けた。
夏の日差しを照り返し、白っぽく見える。
石盤と共に村人の【魔道士の涙】が収められ、村を守っている。
土塀と魔剣。
防禦と攻撃。
役割が違うだけで、目的は同じ。この国の民を守ることだ。
〈いい所に気がついたのね。そう。同じ。私とあなたも、この土塀に眠る村人たちも、みんな同じなのよ〉
……この人たちは、魔物と直接戦ったりはしませんけどね。
嬉しそうに言う魔剣に、ナイヴィスはわざとらしく溜め息をついてみせた。
村の外は広大な丘陵地。青空の許、畑と牧草地が続き、遥か南にはムルティフローラを囲む山脈が、連なっている。
ナイヴィスは、王都の外へ出て初めて、この空の広さに気付いた。
家に囲まれた中庭の四角い空ではなく、三界の魔物を閉じ込める為の城壁に切り取られた空でもない。
山脈の上にも外にも大空は続き、どこまでも広がっている。
小鳥が一羽、風の精が戯れる澄み切った青空を渡って行く。
ナイヴィスが望めば、季節を渡り、風に乗って飛翔する燕のように、どこへでも行けるのだ。