■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-03.明日の不安(2016年04月10日UP)

 この村は王都の北東、馬で二日の位置に在る。
 距離こそ近いが、陸路、水路の主要道から離れた田舎だ。
 主街道は、王都ムルティフローラを中心に国土を十文字に走り、大河ベレーカは、国土の東部を南北に流れる。
 村は、王都とベレーカの中間に位置する。
 畑の他は何もない小さな農村で、宿屋はない。
 緑の手袋小隊は、村長の家へ案内された。
 心尽くしの夕飯でもてなされ、一息ついたところで、隊長が村長に状況を説明する。
 「接近して観察したところ、魔獣は『跳び縞』であることが、確認できた」
 「おぉ……あの動きは、矢張り……ですが……」
 「うむ。あれは森の奥で木の葉を食べる。大人しい魔獣だ。たまに畑へ出て、葉物野菜が食害に遭うやも知れぬが、あれの歯では、カボチャのような皮の固い果実は食えん」
 村長が眉間の皺を深くする。
 「食べられもせんのに、何故……」
 「それを調べるのも、我々の役目だ」
 広いとは言え、宿屋ではない為、部屋数には限りがある。
 ソール隊長は一人部屋。ムグラーとトルストローグが二人部屋。ナイヴィスと従妹のワレンティナは、一人部屋に二人と言う部屋割になった。
 ナイヴィスが恐る恐る、村長に申し出る。
 「あのー……私は物置で……」
 「いやいやいやいや、そんなッ! 騎士様、とんでもございません」
 「お兄ちゃん、私なら気にしないよ」
 「ティナ! 十四にもなって、乙女の恥じらいとか、そう言うものを……」
 「命令だ」
 隊長の非情な一声で黙らされ、ナイヴィスはがっくりと項垂れた。
 「野営の時はみんなで雑魚寝してるのに、今更なに意識してんの?」
 その顔をワレンティナが下から覗きこむ。青い瞳は無邪気に澄んでいた。
 ナイヴィスは諦めて、与えられた部屋へ向かった。

 「キャーッ! 広ぉーい」
 ベッドは広かった。ワレンティナが身を投げ出し、ころころ転がる。
 大人でも余裕で三人は寝られるだろう。
 掛け布団は小ぶりの物が二枚。これなら、寝相の悪い従妹が多少動いても、夜中に剥ぎ取られる心配はない。
 ナイヴィスはベッドの端に腰を降ろした。
 〈よかったじゃない〉
 ナイヴィスの安堵を読み取り、女性の声が頭に響く。
 ナイヴィスは心の中で応じた。

 ……えぇ、まぁ、これなら、蹴り出されることはないでしょう。それより明日、どうしましょう?

 〈どうって? 私と隊長の指示にちゃんと従えばいいのよ〉

 ……えーっと、そうではなくて、ですね。私は【飛翔する燕】、リーザ様は【舞い降りる白鳥】。そんなので、どうやって魔獣と戦うんですか?

 今を遡ること二千四百年程前……
 印歴紀元前二百年頃、【霊性の翼団】が発足した。
 国の枠に囚われず、魔術の記録、研究、開発、魔道士の育成を担う魔道士の国際互助組織だ。
 魔術の継承はそれまで、職能組合による徒弟制や家伝だった。
 魔術の系統を「学派」に分けたことで、より深く専門的な研究を可能にした。
 門戸は広く開かれ、他学派の術も、禁呪以外は誰でも学ぶことができる。
 ナイヴィスが学んだ【飛翔する燕】は、天候予測と天候制御の魔法を研究する気象学者の学派。雨の日に生まれた者にしか扱えない術が多い。
 この魔剣、ポリリーザ・リンデニーが修得した【舞い降りる白鳥】学派は、術の解析や呪い解除の専門家。
 どちらも、魔物と戦うには不向きだ。
 ナイヴィスは、剣になる前のポリリーザ・リンデニーを「偉大な女傑だった」と聞いている。
 長命人種で、ムルティフローラ王国軍の正騎士を四百年余り勤め、殉職した。
 一体、どうやって、仕事をしていたのか。
 明快な答えが、ナイヴィスの頭に響いた。
 〈私が強いんだから、いいじゃない〉
 「……でも、リーザ様を振るうのは、私の手ですよね?」
 ナイヴィスは柄に手をやり、声に出して呟いた。
 ベッドで転がっていたワレンティナが、動きを止めて身を起こす。
 「お兄ちゃん、リーザ様、何て?」
 「リーザ様が強いから、明日のことは心配せずに、リーザ様と隊長の指示に従ってればいいって……」
 「それでいいんじゃない?」
 何か問題でもあるの? と声には出さず、小さく首を傾げる。乱れた金髪が、はらりと頬にかかった。
 「リーザ様を持つ手は、私の手なんだよ?」
 「落とさなきゃ大丈夫よ」
 ワレンティナは、ナイヴィスの隣に座り直した。
 「今日のあれを見て、どうして大丈夫だって……」
 ナイヴィスは頭を抱えた。
 「リーザ様は魔剣……それも、退魔の魂なんでしょ? イザとなったら、お兄ちゃんが身体預けちゃえばいいんじゃない?」
 「他人事だと思って軽々しく……」
 〈まぁ、それは最後の手段にとっときましょ〉
 ナイヴィスの裡に響く声は、笑いを含んでいた。

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