■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-55.森の夜明け(2016年04月10日UP)

 ナイヴィスがワレンティナの手当てを終えると、隊長が言った。
 「ワレンティナ、あぁ言う場合は、自分から術を解いて避けるんだ」
 「はーい。以後、気をつけます」
 ワレンティナは、元気いっぱいに返事をした。ケロリとしている。食い殺されそうになった恐怖は、微塵もない明るい声だ。
 ナイヴィスは従妹の図太さに呆れた。
 同時に、その逞しさが羨ましくなった。
 ソール隊長の声にも、ワレンティナの不注意を咎める様子はない。

 〈生き残ったから、実戦が勉強になるのよ〉
 ……はい。
 〈頭でわかってても、咄嗟に体が動くとは限らないでしょ〉

 ナイヴィスは【盾】の訓練を思い出し、俯いた。
 その後は、朝まで何事もなく、静かだった。

 ムグラーは、夜明けの少し前に意識を取り戻した。
 「ご迷惑をお掛けして、すみません」
 「うむ。足下には気を付けるようにな」
 「ま、みんな生きてるし、任務は大成功だ」
 「ご褒美、何がもらえるかな?」
 ナイヴィスには、さっぱりした顔で笑いあう四人が別世界の住人に見えた。自分の不甲斐なさに俯く。隊長の【真水(さみず)の壁】がなければ、ナイヴィスではムグラーを守れなかったかもしれない。

 〈そんなこと、くよくよしたって仕方ないでしょ〉
 ……でも……………………

 藍色の空の端が白む。
 星々が輝きを失い、ひとつ、またひとつと姿を消す。
 代わりに空の東から、薄く明るい色が広がってゆく。

 ムグラーが横になったまま、頭を巡らせ、目礼した。
 「ナイヴィスさん、治療、ありがとうございました。お蔭で助かりました」
 「ひぇっ、あの、私がもっとちゃんと戦えれば、あんな怪我……」
 隊長がナイヴィスの肩を軽く叩いた。
 その先を言わせず、優しい声音で言う。
 「戦場で必要とされるのは、何も直接の武力だけではない。
 癒しや補給などの支援がなくては、戦えん。勿論、持ち場や作戦、役割分担はあるが、各々ができることで助け合うのだ」
 以前も、女騎士ポリリーザ・リンデニーに同じことを言われた。

 「俺だって【鷲】や【鷹】系の術は、まだ覚えてないっす」
 考古学や歴史学の【歩む鴇】学派を修めたトルストローグが、軽い調子で笑った。
 剣では戦えるが、魔法では戦えない。だが、騎士になる前に積んだ様々な経験を、任務に活かしている。
 「烈霜騎士団は、様々な学派の力を必要としている。戦えないことを過度に気に病む必要はない」
 隊長の言葉に、声もなく頷く。

 明けゆく光に鳥が目覚め、鳴き交わしながら塒を発つ。
 微風にさざめき、澄んだ泉が光の破片をきらめかせる。
 梢が朝日を受け、闇を抜けた空へやわらかな光を返す。
 森の夜が明けた。

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