■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-13.罪人待機室(2016年04月10日UP)
烈霜騎士団の詰所は、王都南裁判所と隣接している。
入口の警備兵が敬礼した。
隊長は気さくに応じ、ナイヴィスは畏まって一礼した。
〈いちいち堅苦しいわ〉
……でも、そんな……
正騎士になって三カ月。
武官式の挨拶に慣れていない。そして、自分より警備兵の方がずっと強い。威張るどころか、彼らと対等に接することも畏れ多い気がした。
隊長は、老人を罪人の待機室に入れた。
「じゃ、係の者が来るまで、ここでお待ち下さい」
隊長とナイヴィスが待機室前に立ち、警備をする。
壁・床・天井の全てに【防護】と【消魔】の術が掛かっている。
この中で魔法を使っても、効力を発揮することは、ほぼ不可能だ。
〈悪いコトした王族なら、こんな部屋、軽くぶっ飛ばしちゃうんだけどね〉
魔剣が、実際に起きた事件をナイヴィスの脳裡で再現する。
ナイヴィスの眼は、現在の待機室を見ているが、その視界には、王族の男性が何かの術で壁を破壊する様子が、重なって見えた。
瓦礫の下敷きになり、何人もの兵士や罪人が巻き添えになる。
男性はそれに構わず、現場から去った。
部屋の防護は、術を上回る力を加えれば、打ち破る事が出来るのだ。
〈これね、【鳥撃ち】だったのよ〉
「えっ?」
【鳥撃ち】は【急降下する鷲】学派の初歩的な術だ。
魔法の矢で雀などの小鳥を落とす。
一般人ならどう頑張っても、鴉や鳩を撃ち落とす程度の威力にしかならない。
……あの、参考までに、この後、どうなったんですか?
〈仕方ないから、このお方よりも強い王子様にお出まし願って、取り押さえていただいたの。下手に騎士団が頑張っちゃうと、却って民にも被害が広がるから。覚えといてね。逆らわずに、他の王族に助けを求めるのよ〉
それには、心の中で強く同意した。
……王家のお方に逆らうとか、ムチャ言わないで下さい。
〈騎士なんだから、そんな状況だってあり得るのよ?〉
………………………………えっ。
ムルティフローラの王族は、桁違いに強い魔力を持っている。いや、強い魔力がなければ、王族とは認められない。
王家の血を引く者は、身体のどこかに王家の紋章である野茨の痣がある。
野茨の血族は、十歳になると試験を受ける。
城に聳える「右の塔」に登るのだ。
城の中庭に聳える左右の塔は、空調管理室の管轄外だが、ナイヴィスも常識として知っている。
塔の入口の扉は、王家の血筋に反応する。
野茨の血族でない者は、どれ程腕力や魔力が強くても、開けられない。
塔内には百枚の扉がある。
こちらは魔力に反応して開く。上層程、強い魔力を必要とし、七十枚以上開けられなければ、野茨の血族であっても、王族とは認められない。
野茨の血族は、他の者より遥かに魔力が強い。
王族と認められなかった者さえ、ナイヴィスの敵う相手ではなかった。
魔剣の話に呆然としている間に、専門の係官による捜査が終わった。
魔法の鏡【鵠しき燭台】を使い、時を遡って犯行時の様子を記録する。
本人だけでなく、証拠品からも記録を採ることができる。
カボチャ泥棒の老人を拘置所に移し、詰所で報告書を作成する。
「あの、隊長、私に一人で飛び出すなって仰いましたよね?」
「言った。危ないからな」
「隊長は、今朝……」
「場数を踏めば、わかるようになる。それに、単騎ではない。ムグラーとトルストローグを待機させてたろう」
「はい」
二人は隊長の命令で、小屋の戸口に控えていた。
「目的は不明だが、カボチャの窃盗で、村人には直接、危害を加えていなかった。魔獣は草食が一頭。単独犯で、説得に応じた。……いや、応じさせた」
「なんと仰ったんですか?」
「まぁ、場数を踏めばわかる。それに必ずしも、抵抗する者ばかりでもない。正騎士の鎧を見て諦める者も多い」
「そう言うものなんですか?」
確かに、戦いの魔法を知らなければ、逃亡以外の抵抗は出来ないだろう。
仮に使えても、一般人の魔力では、鎧の防護を突破することは難しい。
「だから、気合い負けするなよ。相手に付け入る隙を見せるな」
「……努力します」
証拠保全を終えたトルストローグとワレンティナ、村への報告と罠の回収を終えたムグラーが帰還した。
隊長が口述し、ナイヴィスが記入。
三人も加わり、証拠品の品目と数量や、村からの被害届を伝える。
面倒な書類仕事だが、ナイヴィスにとっては得意分野だ。
水を得た魚の如く、活き活きとしてペンを走らせる。
「流石、元・文官だけのことはあるな。こんなに早く書類が完成したのは初めてだ」
「お兄ちゃん、すごーい。私、こんないっぱい書けって言われたら、それだけで頭痛くなっちゃう」
「……その辺も、慣れてもらわねば困るぞ」
ソール隊長はひとつ咳払いして、ワレンティナに釘を刺した。
烈霜騎士団は、主に犯罪の捜査や罪人捕縛の任務を行う。付随する書類仕事も、武官の中では比較的多い。
……書類仕事だけ、させてくれないかなぁ?
〈バカじゃないの? 何の為に転属したと思ってんの?〉
思考を読んだポリリー・ザリンデニーが即座に却下する。
……うぅっ……希望を思い浮かべることも許して下さらないなんて……
ナイヴィスはがっくりと肩を落とした。