■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-54.三頭目の獣(2016年04月10日UP)
二人はほぼ不意打ちで、魔獣に術を喰らわせた。
頭部を【光の槍】が貫き、【刃の網】が絡め捕る。
トルストローグが【灯】を点した。
……頭が、ふたつも……
〈魔獣だから、物質界には居ない種類ばかりだし、カラダは物質界の真っ当な生き物より、ずっと頑丈よ〉
青白い魔法の光に、異界から来た獣の姿が浮かび上がった。
狼に似た灰色の獣。
頭部はふたつ。六本の足それぞれに鉤爪がある。不機嫌に揺れる尾は、金属光沢のある蛇だった。
片目が潰れ、毛皮は血に濡れているが、地をしっかり踏みしめ、残りの目で人間を睨みつけている。
ワレンティナが剣の柄を引き絞る。傷付いた頭部に【刃の網】が食い込んだ。
魔獣が跳んだ。
ワレンティナは避けられず、押し倒された。集中が途切れ、【刃の網】が剣に戻る。解放された双頭が、細い首に迫る。ワレンティナは逃れようともがくが、肩と腕を押えられ、動けない。
トルストローグが剣を腰溜めに構え、体ごと魔獣の首にぶつかった。
「うおぉぉおおぉおぉおッ!」
互いに咆哮を上げ、睨み合う。
トルストローグが剣を捩りながら、じりじりと押す。首筋を剣で抉られ、魔獣の血がワレンティナに滴る。
ワレンティナは、両足を縮め、魔獣の胸を蹴り上げた。軍馬程もある双頭の魔獣は、少女の蹴りではびくともしない。
トルストローグが更に押した。
ソール隊長が、魔獣の背後に回る。
「ティナ……」
ナイヴィスの口から、掠れた呟きが漏れた。
剣の柄を握る手が硬直する。女騎士は何の助言も与えてくれず、沈黙していた。体の震えが止まらない。
隊長の剣が、尾の攻撃を躱し様、蛇を斬り落とした。
「ギャンッ!」
魔獣が悲鳴を上げ、振り向いた拍子に肩から足を踏み外す。ワレンティナはその機を逃さず、自由になった右手を突きつけ、力ある言葉で叫んだ。
「想い磨ぎ 光鋭き槍と成せ!」
灰色の顎を貫き、頭後部へ突き抜けて消える。頭部がひとつ、力なく下がった。
「おぉおおぉらぁああああぁッ!」
トルストローグは更に力を籠め、剣を押す。少女の上から、魔獣が押し退けられ、倒れた。地に刺し止める勢いで、剣に全体重を乗せて押す。
ワレンティナが、剣を支えに立ち上がった。鎧の肩と腕は爪で裂かれ、白い肌が血を滲ませていた。荒い呼吸を整えながら、魔獣に強い視線を向ける。
「ナイヴィス! 行ったぞ!」
突然、隊長に呼ばれ、ナイヴィスは背筋を伸ばした。
……何が……?
〈ここからじゃ見えないけど、尻尾じゃない?〉
「えっ……えぇッ?」
震える手で、鞘を外す。
薮から銀色の蛇が跳び出した。【灯】に鱗をきらめかせ、流れる血を尾のように引き、宙を飛ぶ。ナイヴィスたちの手前で、何かにぶつかった。弾かれて草刈り跡に落ちる。血のこびり付いた【真水の壁】が、青く色付いた。
「風よ、燃え上がる氷の上を渡れ」
隊長の足許から冷気が起ち上がる。冷気は鋸刃型の軌跡を描き、地を走った。灰色の魔獣を上半身と下半身に分断し、後ろの大木を凍らせて止まる。
傷口が凍りつき、血を流さないまま、魔獣の全身が灰となって崩れた。
剣が地に突き立ち、トルストローグが勢い余って転ぶ。
壁に当たって落ちた蛇も、同時に動かなくなった。