■飛翔する燕 (ひしょうするつばめ)-52.戦い終えて(2016年04月10日UP)

 「図体が大きい分、しぶとくてな……」
 ソール隊長が、荒い呼吸を整えながら、ナイヴィスたちに近付く。
 ムグラーの傍らにしゃがんで容体を確認し、ナイヴィスを労った。
 「そちらも、何とかなったな。よくやった」

 トルストローグが、地面から何かを拾い集めている。ワレンティナは、地に刺さった赤い角を引っこ抜いていた。

 〈あれ、何してるかわかる?〉
 ……わかりません。
 〈魔獣の体って、薬や道具の素材になるものがあるから、残ってたら拾って帰るの〉

 魔法で本体を倒す前に切り離された部分は、灰にならずに残る。
 物質の武器か、魔法でも「存在の本質」を傷付けずにトドメを刺せば、死骸は丸ごと残るが、相当な腕が必要だ。
 魔獣の死骸をそのまま残しておくと、雑妖や三界の魔物の苗床になってしまう。必要な部分を採った後で、残りは灰にする。
 緑の雄牛の角と、濃紺の魔獣の牙。
 それが何の素材になるかまでは、女騎士ポリリーザ・リンデニーも知らなかった。

 ナイヴィスの視線に気付き、隊長が説明する。
 「そう言えば、ナイヴィスには説明がまだだったな。
 魔獣の角や牙などは、回収することになっている。一旦、国庫へ入れて、例えば、薬になるものなら施療院の調剤部へ送られる」
 「それでね、いいものだったら、私たちにご褒美がもらえるの」
 ワレンティナが赤い角を手に、笑顔で言い添えた。この部分だけでも、ワレンティナの腕くらいの長さだ。
 トルストローグが、回収した牙を隊長に見せる。大人の指程もある物が四本、短い破片が数個あった。
 「そうですか……」
 ナイヴィスは、褒美には全く興味がそそられなかった。
 一刻も早く、家へ帰りたい。
 ムグラーを医師に診せたい。
 そのふたつの思いで胸がいっぱいだった。

 「ムグラーは意識が戻るまで動かせんな。皆も疲れている。朝までここで待機する」
 二組に分け、まず、ワレンティナとトルストローグが休むことになった。
 泉の水を起ち上げ、返り血と泥を洗い流す。
 隊長は、ムグラーを中心に簡易結界を敷いた。
 「あ、あの、何か、お手伝いできることは……」
 「うむ。荷物をまとめておいてくれ」
 「は、はいッ」
 慌てて立ち上がり、空の背負い袋を手に、ナイヴィスは自分が散らかした荷物を拾い集める。
 簡易結界が完成し、隊長も術で身体を洗い清めた。
 ワレンティナとトルストローグが、ムグラーを間に挟んで横になる。草刈り跡がちくちくするが、疲れているのか、気にする様子はなかった。

 森に静けさが戻る。
 荷物の片付けが終わり、ナイヴィスは結界の外に腰を降ろした。
 隊長が念を入れて、森と簡易結界の間に【真水(さみず)の壁】を建てる。
 誰も言葉を交わさず、時が過ぎる。
 月光のように淡い【灯】に照らされ、森の闇の中に泉がぼんやり浮かび上がっていた。
 どこからともなく、虫の音がする。耳を澄ますと、風にそよぐ木立の葉擦れや、遠くで鳴く梟の声も聞こえた。
 物音がするのに、それが却って静けさを感じさせる。
 ナイヴィスは、先程までの死闘と今の静寂が不思議だった。

 〈視るつもりで聴けば、樹や泉、風の精とかの声も聞こえるけど、今は魔獣や獣を警戒するのよ〉

 ナイヴィスは無言で頷いた。

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