■薄紅の花 04.河口の街-01.橋を渡る (2016年01月03日UP)
翌日の昼過ぎ、山の民の村に別れを告げた。
約束通り、三ツ矢が【跳躍】し、双魚を岬の東側に送り届ける。
目の前に悠々と流れる大河があった。
岸辺でおかみさん達が、お喋りしながら洗濯している。何を言っているのか、全くわからない。人々の肌は浅黒く、髪は黒い。服装も、岬の西とは全く異なる。
湿り気を含んだ熱風が、ゆるやかな流れに漣を立てた。
「この辺も、ベルーハと同じくらい魔法使いが少ない。俺は年一回、あの街……キートへ交易に行ってるんだ。街なら西の言葉がわかる奴も居る」
大河の西側は、岬の先端に向かって伸びる山が連なっている。東側は平野で、畑が広がっていた。
「それと、この辺の人は信心深いから、このテの祠を粗末に扱わんように気を付けた方がいい」
三ツ矢は、すぐ傍にある小さな祠を目顔で示した。
石材を積んだ家だ。椅子くらいの大きさで、両開きの簡素な扉が付いている。今は戸が開け放たれ、中が見える。小さな祭壇が設えられ、その奥の壁には、信仰されている神の像が坐している。祭壇には花が供えられ、戸の前では、陶器の香炉から煙が細く立ち昇っていた。
洗濯物を抱えたおかみさん達が、祠に一礼して、河川敷を後にする。小さな男の子が、赤い花を一輪供え、手を合わせて何か祈り、走って行った。
「街は、向こう岸の河口の傍にある。港街だ。こっち側は、山から魔物が降りて来るから、あんまり人が住んでないんだ」
三ツ矢の説明に相槌を打ちながら、並んで歩く。
街の建物が、影絵のように霞んで見えた。
ゆるやかな流れの上を、小さな手漕ぎ船が、荷を満載にして行き交っている。上流からは野菜、下流からは布や壺などが運ばれていた。
「このラズヴィエトフリェーニェ河を境に、壁みたいな結界がある。山の魔物を防ぐものだが、【跳躍】もできないんだ。もう少し行けば、橋がある」
「『はし』って何ですか?」
双魚は、初めて耳にした言葉を、慎重に発音した。
「ん? 見たことないのか? 河を濡れずに歩いて渡れるように、木や石で作った道のことだ。この河は広いから、石でできたでかいのがあるぞ」
「へぇー。俺、こんな大きな河、初めてなんです。河に道を作るなんて、凄いこと思いつく人が居るんですね」
「ははは。そこに驚くのか。……まぁ、必要に迫られてって奴だからな。魔法を使えない人達も、色々と工夫して、俺達が思いつかない方法で、便利にしてんだよ」
「凄いなぁ……」
三ツ矢は歩きながら、この地域について、知っていることを教えてくれた。双魚はなるべく口を挟まず、心に刻みつけるように耳を傾ける。
やがて、橋が見えて来た。
灰色の石を組み合わせた堅牢な構造物だ。石は、風雨や往来に磨かれていた。幅は馬車五台分はある。石組のひとつひとつが大きく、こんな物を魔法以外のどんな手段で組み上げたのか、双魚には想像もつかなかった。
街はもう、目の前だ。
山から伐り出した木材や石材を運ぶ荷馬車が、列を成して渡っている。
「あんな重い物を……」
「丈夫なように拵えるなんて、大したもんだよなぁ」
重量物を積んでも壊れない馬車、それを支える橋。どちらも、双魚の理解の範疇を超えている。
三ツ矢が驚く双魚を促し、馬車の邪魔にならぬよう、橋の端を渡る。
双魚は橋を渡りながら、セリア・コイロスの城を思い出した。あれも、こんな古く堅牢な石造建築だ。城を囲む堀には、跳ね橋が掛かっていたが、あれは、城と外部を切り離すことが主な目的だった。
この橋は、人や馬車を渡すことを目的とし、常時掛かっているようだ。これを巻き上げる構造がない。
三ツ矢は、物珍しげに足下や欄干を見ながら歩く双魚に合わせ、ゆっくり歩いた。
「ここらは無尽袋を作れる人が少ないから、大抵の荷物はああやって、荷馬車で運ぶんだ」
「不便なんですね」
「あぁ、双魚もそのつもりでな」
「気を付けます」
双魚にも【無尽】の術は使えない。この先、背負い袋で持てる以上の物は、持てなくなるだろう。
ひとりなら、それで充分だ。何とかなるさ。
この街も他所と同様、魔物除けの高い壁に囲まれている。
西はラズヴィエトフリェーニェ河、南はカルサール岬の東の海と面していた。渡し場や、港の数カ所に門が開いている。
橋から続く石畳の道と、川沿いに北へ伸びる街道が、街の手前で交わる。
街道は人や馬車で賑っていた。途中から東に折れ、畑の中を通っている。まだ青い穀物の穂が、風に揺れた。
風が、潮の香を運ぶ。
西門のひとつを通る。
門番が形式的に誰何した。三ツ矢が、双魚の知らない言葉で答える。二人は問題なく、通された。