■薄紅の花 04.河口の街-34.船の遅れ (2016年01月03日UP)
悪いことは重なるものなのか、冬至祭の前日になっても、三兄弟が乗り組む商船「海龍号」は入港しなかった。
「天気が荒れりゃ、海も荒れる。どっかの港で晴れ待ちして、遅れてんだろ」
「偶にそう言うこともあるからね。気長待つしかないんだよ」
夫婦は何でもない口振りだったが、目に見えて落胆していた。
冬至祭当日、三人は神殿の広場には行かず、キート港へ出た。
港へ向かう人は少なく、大通りを他人の流れに逆らって歩く。赤い衣を纏った人々は、頬を紅潮させ、神殿や街区の広場の祠へ足取り軽く向かう。
キート港でも祭事が行われていた。
船乗り達が一年の安全を感謝し、次の一年も無事に航海できるよう、祈りを捧げていた。
海に向かって設えられた祭壇の前で、篝火が赤々と燃えている。
三人も篝火の周囲で、海の神に祈る一団に加わり、三兄弟の無事を祈った。
沖合は風があるのか、波が高い。青空を背に白い牙を剥き、崩れ落ちてはまた、空に喰らいつく。
冬至祭と新年の休みには、沖に出る船はない。
水平線に目を凝らしたが、港へ帰る船影はなかった。
貨物船や漁船は、波止場に係留され、魔除け等を付けられて休んでいた。どの船も、双魚がラキュス湖で見た物より大きい。家と同じ大きさの船を、魔力を持たない人々が、力を合わせて動かすのだ。
改めて、三兄弟の仕事を思った。
双魚は、荒れた湖を知らない。
旅に出て初めて、荒れた海を目にした。強風の中、重い雲の下で鉛色の海が激しい波を起こし、岩に当たって砕ける。
泡の弾ける白い波は、海鳥を掴もうと、空へ手を伸ばす。海鳥は、巨大な波の手を巧みに躱しながら、その手の中から魚を獲っていた。
陸地から遠目に眺めるだけでも、恐ろしい光景だった。
三人が乗り組む海龍号は大きいが、海の大きさと比べれば、木の葉一枚にも満たない。
今年は、その巨体の姿が見当たらず、港の一角はぽっかりと空いていた。
神殿での祭事が終わったのか、港を見物する人が流れて来た。
「大きいお船、いないね」
「そうだな。ここんとこ、天気が悪かったから、他所の港で休んでるのかもな」
親子連れがそんなことを話しながら、帰って行く。
雑貨屋夫婦と双魚は篝火が消えるまで、三兄弟の無事を祈り続けた。
夕飯の席は静かだった。
なるべく楽しい話題を選んで口を開くが、見えない不安に押し潰され、言葉が消えて行く。
蝋燭の炎を見詰めていると、去年の賑やかな夜が思い出され、胸が痛んだ。
長い夜が明けた。
新しい一年を迎え、新年の休暇が終わっても、海龍号は入って来なかった。
「どこか……途中の港で風待ちしてる間に、休暇が終わっちゃったのかも知れませんね」
「そうだな。キートは航路の終点だから、まぁ、その内、帰っちゃ来るんだろうが……」
「他の時期に帰っても、長居できないからねぇ」
双魚が口にした気休めに、雑貨屋夫婦は弱い笑みを返した。