■薄紅の花 04.河口の街-12.尾鰭背鰭 (2016年01月03日UP)
窓際の執務机から、若い男性が立ち上がった。
「私は、当院の院長です。魔法使いなので、本名は明かせませんが、ご了承下さい。呼び名は錨です」
院長は、少年のように細い声で名乗った。
双魚より少し年上に見える男性は、二人に声を掛けながら、手前の応接用の長椅子の前に立った。
「お忙しい所、お運びいただき、ありがとうございます」
二人に椅子を勧め、自分も座る。
双魚は恐る恐る浅く腰掛け、亭主は扉に近い所にどっかりと腰を降ろした。
院長の白い服の右襟に、船の錨が刺繍してある。家紋なのだろう。銀の徽章【白き片翼】を首から下げている。
「双魚と言います。一応、あの、【思考する梟】の勉強はしましたけど、徽章は持ってません」
「雑貨屋の猫島だ。双魚さんを預かってる身なんで、呼ばれとらんが、お供した次第だ。悪く思わんでくれ」
使者がお茶の用意を整え、入って来た。三人の前に温香茶を並べ、恭しく一礼して退がる。
扉が閉まり、三人だけになると、錨院長は、二人にお茶を勧め、口火を切った。
当たり障りのない世間話から、最近の流行病、そこから治療の話に流れた。
錨院長が、双魚に問う。
「双魚さんは、どういった治療をなさってらっしゃいますか?」
「俺は薬を作るだけで、直接には治療していません。直接癒す術は、少ししか知らないんです」
正直に答えると、錨院長は首を傾げた。
「本当ですか? 失礼ながら、噂に聞いていたのとは、随分、違っていて……」
「どんな噂が流れてんだね?」
雑貨屋の亭主猫島が、口を挟む。錨院長は亭主の質問に答えた。
「下町に旅のお医者さんが住み着いた。魔法使いだから、どんな傷や病もたちどころに治してくれる。しかも、お金は取らない。お代として、薬草を持って行くだけでいい……と言うような噂です」
双魚は困惑し、頭を掻いた。雑貨屋の亭主が苦笑する。
「あの……何か色々と、間違って伝わっちゃってるんですけど……」
「尾鰭背鰭に胸鰭まで付いた感じだな」
双魚は事情を説明し、噂を訂正した。
旅の途中で、キートには三年だけ、留まる約束であること。
最初の患者に「薬の使い方がわからない」と、家に連れて行かれたこと。
薬の効きを早める【薬即】を使ったこと。
双魚がカネと言う物を知らなかった為、支払われた金貨を患者に返したこと。
代わりに薬草を要求したこと。
錨院長は、相槌を打ちながら、驚き、呆れ、苦笑した。
「そう言うことでしたか」
「今は、俺の女房が、患者を診てくれって奴には、きっちり断ってるし、薬は金で売ってるよ。薬草の買取は増やしたが、物々交換はしとらん」
亭主が補足する。院長は深く頷いた。
「成程。旅の途中、とのことですが、どちらへ?」
「東の果てです。先祖の出身地がどんな所か、見てみたくて」
「東の果て……ですか……」
錨院長が絶句する。
双魚は頬を掻き、亭主を見た。亭主はニヤリと笑った。
「途方もない話だわな」
「道々、その土地の薬草を調べたりもしています。それで、ここには三年……」
「そうですか。お話、よくわかりました。知らない土地に行くには、旅費も掛かりますからね。……ここから先は、店長さんにお願いしたいのですが、宜しいですか?」