■薄紅の花 04.河口の街-43.店仕舞い (2016年01月03日UP)

 いつまで商売を続けるかわからないので、あまり在庫を増やさない方がいい気がする。それに、こんな有様のおかみさんを一人にできない。
 双魚が香草茶を淹れようと、手を伸ばした。おかみさんは、それを手で制して言う。
 「探しに行くのに、おカネも時間も幾ら掛かるかわからないからね。稼げる内に稼がせとくれ」
 目には亭主と同じ光が宿っていた。
 二人は気になったものの、おかみさんに押されるように外へ出された。
 夏至近くの日射しはまだそれ程、厳しくない。通りを行く人々は、長袖も居れば、半袖も居る。いずれも、何の術も掛かっていない単なる服だ。
 この辺りでは珍しい山の民と、魔法使いの薬師はよく目立つ。

 三年くらいじゃ、慣れてくれないんだな……

 人々の好奇の目が煩わしい。
 河川敷に出ると、祭の準備をする人で賑っていた。祠の周囲を清掃し、草むしりをしている。河の流れが穏やかな場所には、枝などの漂着物が溜まっていた。岸に上げ、乾かしてから焼く為、今から掃除しているのだ。
 「あと四日でお別れか……なんか、すまんな」
 「いえ、誰のせいって訳でもないんで……」
 「まぁな。それぞれ、できることをするしかないか……」
 二人は清掃の人々から離れ、言葉少なに薬草を探した。夏は薬草の種類が豊富だ。数も多く、袋はすぐいっぱいになった。

 雑貨屋の前に人集りが出来ていた。通れそうもないので、裏へ回る。
 いつもの一団が、井戸端で食器を洗いながらお喋りしていた。双魚に気付き、機嫌良く声を掛ける。
 「あらぁ、薬屋さん、こんにちは」
 「こんにちは」
 「随分、繁盛しちゃって、羨ましいわねぇ」
 「今、戻ったところなんで、ちょっとよくわからないんですけど……」
 「あらぁ、そうなの?」
 大袈裟に驚いてみせ、わざとらしく仲間と目配せし合う。三ツ矢が、そんな彼女らを不快感も露わに、睨みつけた。
 互いにそれ以上、言葉を交わすことなく、離れた。
 おかみさんは、食事の用意をしていなかった。
 狭い店内に人が詰め掛け、その対応に追われている。双魚はおかみさんに声を掛け、残りの食材で昼食を作った。
 湯を沸かし、干し魚と野菜を塩と香草で煮込む。パンはなかった。店の喧騒を聞きながら、スープをすする。
 落ち着かない食事を終えても、客は全く途切れなかった。
 双魚が店番の交代を申し出たが、おかみさんは首を横に振った。
 「まだ、おなか空いてないから、いいよ。それより……」
 品出しを頼まれ、双魚は三ツ矢と共に倉庫へ入った。季節商品のあった場所が、空っぽになっている。言われた通り、薬の木箱と秋冬物の布の束を持って行く。
 「ありがとね。そこ、置いといて。悪いけど、お薬作ってくれる?」
 おかみさんは早口に言って、客の応対に戻る。双魚は、おかみさんの傍らに積み上がった空箱を倉庫に片付けた。

 混雑の原因は、店仕舞いの大売り出しだった。半額から三割引きで、飛ぶように売れている。儲けより。倉庫を空にする事が目的のようだった。
 三ツ矢は里の用事で街へ出た。
 双魚は台所で、先程の薬草を仕分けする。
 仕分けが終わってすぐ、亭主が帰って来た。
 亭主は食卓に袋を置き、おかみさん用に残しておいたスープを食べ、店を覗く。相変わらず、人でごった返していた。倉庫から木箱三つを店に出し、双魚に留守番を頼むと、また、バタバタ出て行った。
 声を掛けられる雰囲気ではなく、双魚は頷いて見送った。
 店舗の怒号を聞きながら、双魚は落ち着かない気持ちで、黙々と薬を作った。怒号の原因は、他の品物は値引きしても、薬は定価であることらしい。
 以前、雪で怪我人が増えた時、おかみさんは傷薬を三割引きで売った。
 双魚は知らなかったが、その後、薬師の組合から苦情があったらしい。
 おかみさんが、客に負けない大声で説明している。客は雪の日の値引きを覚えており、尚も詰め寄る。
 「どうせ出て行くんだ。組合に睨まれたっていいじゃねぇか」
 「そんな、後足で砂掛けてくような真似、できるもんか」
 おかみさんも負けてはいなかった。他の客がそれぞれに味方し、収拾がつかない。
 双魚は出て行ったものか迷い、結局、香草茶だけを出すことにした。化け物扱いされている自分が口出しするより、確実に効果がある。
 カップ一杯分だけ、水を起ち上げ、いつもの三倍の香草を混ぜる。
 戸を少し開け、戸の陰で香草茶を更に沸かす。風の術で、香気を含んだ湯気を店内に送る。全て湯気に変わったのを見届け、そっと閉めた。
 「まぁな、魔法の薬がこんな安く手に入んのも、今のうちだからな。それでいいや。買うよ」
 興奮から醒めた客が、渋々了承する。
 双魚は足音を殺して、台所へ戻った。
 その後は特に混乱もなく、夕飯の準備で店を閉めるのに、誰からも文句が出なかった。
 亭主が置いて行った袋は、パンと食材だった。
 双魚が食卓を片付け、おかみさんが夕飯の準備をしていると、三ツ矢が先に帰って来た。
 「明日は、双魚も昼から買出しに行く」
 「何か重い物を買うんですか?」
 一方的な宣言に、当の双魚が首を傾げる。
 「もうすぐ出発するんだろ? 日持ちする食い物やら何やら、要るだろ」
 すっかり失念していた。恥ずかしくなり、小声で礼を言う。
 おかみさんが苦笑した。
 「明日は、今日作ってくれた分を売るから、店が開いてる内に行っといで」
 明後日は夏至祭の前夜祭で、大抵の店が閉まる。夏至の日に出発する予定なので、明日一日しかない。
 急ぐ旅ではない。出発を遅らせることは、幾らでもできる。猫島夫婦と三兄弟の安否も気になる。それでも、約束は約束だ。
 ずっとここに留まったからと言って、三兄弟の安否がわかる訳ではない。
 双魚は頷いた。

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第04章.河口の街
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