■薄紅の花 04.河口の街-11.使者来訪 (2016年01月03日UP)
双魚はこの街キートに来て半年余り、殆ど店の外に出ることなく、薬を作り続けていた。
客の服装も、双魚と同じくらいの厚着になっていた。双魚の体も鈍っている。
そろそろ、外に出てみたかったが、薬を作るのに忙しく、言い出せないでいた。
こっそり溜め息を吐いていたある日、医者の使いだと言う者が来た。
使いの男は、おかみさんと双魚を交互に見ながら、用件を告げた。
「ウチの先生も、魔法使いなんですよ。【白き片翼】の術者で、この街に新しく、魔法使いの薬師の方が引越して来られた、と噂を耳に入れましてね。一度、お会いしてみたい、と……お忙しいかと存じますが、ひとつ、お願いできませんでしょうか?」
双魚は、おかみさんと顔を見合わせた。丁度良い、外出の口実ができたが、この街に来たばかりの頃、亭主に脅かされた軒もあり、何とも言えなかった。
おかみさんも同意見のようで、使者に答える。
「この人、キートに来たばかりで、言葉もまだ、よくわかってないから、ウチの人が帰ってから、相談させて下さいな」
使者は明日、改めて来ると言い置いて、帰った。
建築現場から帰った亭主が、話を聞いて顔を顰めた。
二人は、亭主が口を開くのを、固唾を飲んで待った。
亭主は、すっかり冷めた香草茶……気持ちを鎮める鎮花茶を一口すすり、双魚に問うた。
「双魚さんは、どう思う? 医者に会ってみたいか?」
「はい。【白き片翼】の先生らしいんで……」
亭主は眉間に皺を寄せて、唸った。おかみさんは、何を言ったものか、とオロオロ見守っている。
双魚は、亭主が何を心配しているのか、聞いてみた。
「双魚さんも、ちったぁ人を疑うってことを覚えといた方がいい。みんながみんな、双魚さんみたいな善人とは限らんのだ」
「えっ?」
冷めた鎮花茶で口を湿らせ、亭主は続ける。
「平気で嘘吐いたり、裏切ったり、騙したり、陥れたり……そういう輩が多いから、わざわざ、約束事を書類にして、破ったら、お上に罰してもらうようになってるんだ」
おかみさんも、うんうん、と頷く。
「医者にしてみりゃ、あんたは新参の他所者で、商売敵だ。最悪、潰しに掛かられても、おかしかねぇ」
「えぇッ!? そんなこと……」
「ないと言い切れんのが、世知辛くて、情けない話なんだがな……」
亭主は双魚に皆まで言わせず、溜め息を吐いた。おかみさんが、お茶のおかわりを用意する。
薪ストーブの中では、村長の石板が、赤々と火を燃やしていた。
西の港町ベルーハで会った女医のやさしい眼差しと、自警団の忠告が、双魚の頭の中を駆け巡っていた。
おかみさんが、取り成して言う。
「まぁ、でも、そのお医者さんが悪い人って決まった訳じゃないし……」
「うん、まぁ、な。俺達もその医者の先生が、どんな人か知らんからな。……よし、会いに行くんなら、俺もついて行く」
「えっ」
驚く双魚に、亭主は自分の腕を叩いて笑って見せた。
「なぁに、魔法は使えんが、腕っ節はこの通りだ。居ないよりゃマシだろ」
「え、でも、お仕事……」
「一日くらい、居なくても何とでもなる。じゃ、決まりだな」
翌日の昼過ぎ、双魚は亭主に言われた通り、訪れた使者に、明後日の午後なら行ける、と返事をした。使者は一旦帰り、夕方に医者の返事を持って戻って来た。
「では、明後日の午後、お迎えに上がります」
使者は招待状を残して行った。
おかみさんと二人で封を切る。
招待状には、医院の名称、所在地、医者の呼称、当たり障りのない挨拶と日時が記されていた。
「まぁ、うん、普通の招待状だねぇ」
おかみさんの拍子抜けした感想に、双魚は頷いた。招待状と言う物を初めて見た為、これが普通の招待状なのか、と感心する。
帰宅した亭主も、おかみさんと同じ感想を漏らした。
亭主は翌日、建築現場に事情を話し、約束の日は、朝から店に居てくれた。
双魚が申し訳なく、恐縮していると、亭主は笑い飛ばした。
「なぁに、たまには骨休めも必要だ」
双魚は台所で咳止めと、熱冷ましを作って待った。あれこれ案じた所で、会ってみなければ何もわからない。事も動かないのだ。
自分にそう言い聞かせながら、気持ちを落ち着ける為、いつもの作業に集中する。
約束通り、使者が迎えに来た。
双魚は半年振りに大通りへ出る。
取敢えずの手土産として、最近作った薬を数種類、袋に入れて持って行く。双魚と亭主は、外套を纏って使者の後に続いた。
街の人々は、来た頃と違い、着膨れていた。重い外套や、毛糸で編んだ服を着て尚、寒そうに首を竦めている。
乾いた風が、石畳から砂埃を巻き上げた。空は晴れているが、風は冷たい。
亭主が身震いして、外套の中で肩をさすった。
双魚は、服の【耐寒】で寒さを感じなかった。
魔力のない人の不便を思い出し、自分一人、魔法の服で守られていることに、申し訳なく思う。
久し振りに街へ出たのも束の間、待たせてあった馬車に乗せられた。
全く知らない街並みが、車窓を流れてゆく。不安な気持ちで、隣に座る亭主を見る。亭主は、心配するな、と言う顔で、小さく顎を引いた。
立派な家々の建ち並ぶ区画に入り、程なく、一軒の屋敷の門を潜った。白壁の平屋で、母屋と離れがある。離れに医院の看板が掛かっていた。
使者に案内され、医院に入る。
ゆったりした待合室に、身なりのいい患者が数人、待っていた。
使者は「診察室」と書かれた扉を素通りし、奥の「院長室」の扉を叩いた。二言三言、中の人物と交わし、扉を開ける。
「お客様、どうぞこちらへ」
恭しく案内され、二人は困惑する。
こんなに丁寧に扱われたのは、生まれて初めてだった。医院の建物は小さいが、立派で清潔だ。
場違いさに居たたまれない思いを押し殺し、二人は院長室に入った。