■薄紅の花 04.河口の街-04.貨幣価値 (2016年01月03日UP)

 「薬と交換するものは、えーっと……元気になってから、薬草を下さいってことで……」
 三ツ矢の翻訳を聞いて、息子は首を激しく横に振った。枕元の物を掴み、双魚に差し出す。
 金色の小さな円盤だ。直径は胡桃と同じくらい。文字と、知らない男性の肖像が、打ち出されている。
 双魚には用途がわからず、首を傾げた。魔力を感じないので、魔法の品と言う訳ではないようだ。鉄や銅ならともかく、金は水に溶けないので、薬にはならない。双魚は、道具を作る術を知らず、金属を加工する技術も持っていない。
 「これは、もらっても仕方ないから、後で薬草を下さい。さっきの雑貨屋さんに、暫くお世話になるんで」
 「薬草ったって、目利きができんし、何を採ってくればいいのか……」
 三ツ矢の通訳で、話が進む。
 三人は困惑して、双魚を見た。どうしても、この円盤を渡したいらしい。双魚も困って、三ツ矢を見た。
 「これが、さっき話してた『カネ』って奴だ。俺も、この色と形は初めて見るが、雰囲気からして、恐らく、そうだろう。色んな種類があるらしいからな」

 今朝、ラズヴィェトフリェーニェ河の畔で聞いた話を思い出す。
 この街では、直接、物同士を交換せず、取引用の印を交換する。
 取引用の印は、「カネ」と呼ばれ、物との交換だけでなく、労働の対価としても使われる。金属なので腐らず、小さいので余り嵩張らない。「カネ」自体を素材として直接、利用できるのは、金属加工の職人だけだが、「カネ」を他の物に加工すると、処罰される。また、役所に無断で、素材から「カネ」を作っても処罰される。
 双魚には、それが便利なのか、不便なのか、よくわからなかった。
 「えーっと、じゃあ、明後日、元気になってから、雑貨屋さんに来て下さい。一回、一緒に河へ行って採りましょう。それで覚えてもらって、薬と交換する分は後で改めて、採って来てもらうってことで……」
 「あの……この人は、仕事がありますんで、私が代わりに行っちゃダメですか?」
 妻が恐る恐る申し出る。双魚がそれで構わない、と言うと、三人は安堵して顔を見合わせた。
 近所から、夕餉の匂いが漂ってくる。
 傷薬の使い方を説明し、双魚達は長屋を後にした。

 長屋のある区画は、石畳がなく、土がむき出しになっている。昨日は雨だったのか、あちこちに水溜まりが残っていた。
 蒸し暑いのか、路地を行き来する人々は、服を汗で肌に貼りつかせている。
 家々の屋根の隙間から、茜色に染まった空が細く見えた。地面までは陽が届かず、既に暗がりができている。
 路地の闇で、雑妖が蠢いていた。
 定かな形も、実体も持たない不確かな存在が、長屋の隙間から、道行く人々を覗っている。
 結界は、そこを境に行き来を禁じる術だ。外のモノは内に入れず、内で生じたモノは、逃れられない。
 雑妖は人の居る所でも、人里離れた山野でも、何処にでも湧く。陰の気が凝ったモノだと言う説もあるが、定かではない。
 二人は一旦、大通りに出た。
 夕日を受け、石畳が赤く染まり、長く伸びた影が行き交っている。風が出て、暑さが緩んだのか、人々の足取りが軽い。
 薄手で袖がなく、白っぽい服の中で、二人の姿は目立った。
 厚手で長袖、呪文が刺繍された深い緑色の服で、上から外套も纏っている。外套は野宿の夜具も兼ねており、これにも呪文の刺繍がある。
 一目で異国の民、それも魔法使いとわかる姿に、人々がチラチラと後期の視線を向ける。
 双魚はなんとなく、居心地の悪さを感じ、足を速めた。

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第04章.河口の街
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