■薄紅の花 04.河口の街-14.帰る場所 (2016年01月03日UP)
帰りの馬車は、「買出しがあるから」と、途中で降りた。
二人で残りの道を歩く。亭主は、小さな商店が犇めく市場へ入った。
双魚は、半年ぶりの街を見回した。市場は初めてで、目に入る物の全てが珍しい。
露天に簡素な天幕を張っただけの店が、道の両脇を埋めている。天幕の切れ目は、猫島雑貨店のような小さな店舗の前だった。
港街キートの市場は、魔力を持たない人用の道具が豊富だ。双魚には、何に使うのかわからない物が多い。
野菜なども、知らない種類が多い。どうやって料理するのかもわからない。おかみさん達が、値切りの交渉をする声が喧しい。
魚屋の店先で、まだ生きている魚が、木箱の中で跳ねている。見たことのない魚ばかりだ。
人でごった返す市場は、冬空の下でも、熱気に満ちている。
はぐれないように、気を付けないとなぁ。
隣に居る亭主に話し掛けようとして、見えない手で心臓を鷲掴みにされた。知らない男性が、怪訝な顔で人混みに紛れる。
双魚は立ち竦んだ。
既にはぐれている。
辺りを見回すが、人混みにも、付近の店先にも、亭主の姿はない。初めての場所で、双魚一人では、雑貨屋まで帰れそうにもない。
えっ……俺、ひょっとして、迷子……?
子供じみた心細さを自嘲する。
道行く人は、通りに立ち竦む双魚の脇をすり抜け、流れて行く。誰ひとりとして、双魚に関心を示さない。双魚は寸の間考え、来た道を引き返すことにした。
亭主も双魚の不在に気付き、探しているかもしれない。
夕飯前の買出しでごった返す市場を、亭主の姿を求めて歩く。
日が傾き、人々の吐く息が白く曇る。
双魚は【耐寒】が刺繍された服のお陰で、寒さは感じない。亭主の寒さを思い、一刻も早く合流しなければ、と焦りが募る。
これだけ多くの人が居ながら、誰ひとりとして顔見知りに出会わない。半年も、この街に居たのに、この街を何も知らない。
人の群の中で、一人歩きながら、双魚は気付いた。
帰る所があるから、心細くて、待ってる人が居るから、焦るんだ。
これまで幾つも、知らない町や村で過ごした。
知り合いは一人も居らず、仮の宿には、待つ人も居なかった。一人で出掛けて、道を見失っても、人に尋ねて、一人で宿に戻った。
戻る部屋には、遅くなったことを心配する人は、居なかった。誰も居なければ、何も気にせずに済んだ。
今は、違う。
亭主は心配しているだろう。雑貨屋では、おかみさんが待っている。
黄昏の光はすぐに弱くなり、店の隙間で雑妖が通りを覗う姿が視えた。もうすぐ魔物の時間が来る。
人々は気忙しく行き交い、幾つかの店は、片付けを始めた。