■薄紅の花 04.河口の街-45.季(とき)が動く (2016年01月03日UP)
夕食まで、まだ時間があった。
買って来た物を旅の荷物にまとめる。
今日の買物を基準に考え、持って行くカネを決めた。
銀貨二十枚、銅貨三十枚。
宿代がどれくらいかわからないが、外套には術が掛かっているので、野宿でも充分だ。これだけあれば、当分は食うに困らない。
台所へ降りる。
今日も夕食の準備は手付かずで、店の喧騒が続いている。
三ツ矢が食材を見て、夕飯の準備を始めた。双魚は食卓を半分使い、薬を作る。
一年で最も日が長くなる時期、日没までまだあるが、いつも通りに腹は減る。
干し魚を焼く香ばしい臭いに、双魚の腹が鳴った。
煙を出す為、裏口を開け、店側の戸も少し開ける。
「明日も開けるから、今日はそろそろ、お開きにさせとくれ」
「そうかい。息子さん、早く見つかるように、明日もいっぱい買うよ」
「ありがとね」
名残を惜しみながら、一人、また一人と客が去る。最後の一人を戸口で送り出し、おかみさんは戸を閉めた。
双魚と三ツ矢が食卓を片付け、出来あがった夕飯を配膳した。
「あらあぁら、こんなことまでしてもらって……すまないねぇ」
「構わんよ、大変な時だしな。今まで世話になった礼だ」
おかみさんは、寂しそうな笑みを零した。
三人が食べ始めて間もなく、亭主が帰った。荷物を降ろしながら、上機嫌で今日の首尾を話す。
「買い手がついたぞ。引き渡しは来月末。支払いもその時だ」
「探しに行けるんだね、よかった……ホントによかった……」
おかみさんが前掛けで涙を拭う。
「そう言うのは、見つかってからにしろよ」
亭主はおかみさんの肩をポンと叩き、三ツ矢に改まった顔を向けた。
「三ツ矢さん、明日、巻貝屋に紹介するから、付き合ってくれないか」
「勿論だ。こちらこそ、宜しく頼む」
久し振りに食卓が明るくなった。
夏至祭の前日。
亭主と三ツ矢は朝から出掛けた。大半の店は休むが、おかみさんは、昨日言った通りに雑貨屋を開けた。双魚は台所で、薬作りに専念する。
月末まで居るなら、多少、在庫が増えても大丈夫だろう。
昼前になっても、おかみさんは店に立っていた。
開いている店が少ないことと、双魚の薬を買える最後の機会であることが、客足が途切れぬ理由らしい。祭衣裳のまま、買物をしに来る。
双魚は食卓を半分だけ片付け、昼食を作る。
先に食べて、薬の品出しのついでに、おかみさんに声を掛けた。
昼時で客は減っていたが、それでも途切れることなく、次々と入って来る。
「ありがと。薬草の買取りは、今日の昼までにしといたからね」
おかみさんは、木箱の上に大きな麻袋を乗せて、台所へ引っ込んだ。
顔見知りの客が、双魚に別れの挨拶をする。
「兄ちゃん、今までありがとよ。あんたの薬で、娘が助かった」
「こちらこそ、ありがとうございました」
言われて初めて気付いた。まだ、世話になった客に挨拶していない。この三年、あの料理人だけでなく、大勢の人に助けられてきた。
俺……やっぱり薄情なのかな?
礼を言いに行こうにも、どこの誰かわからない。あの料理人も、店名はわかっているが、店の場所を知らない。そもそも、今日、明日は閉めているだろう。
最低でも、明日の朝は水汲みに行き、近所の人に挨拶することを決めた。
おかみさんは、口を拭いながら、店に戻った。
双魚は台所に下がり、買取った素材を調べた。
今日の午前中だけで、大量の買取りがあった。
仕分けて乾燥させるだけでも、大変な量だ。それでも、今日中に終わらせねばならない。
足許から焦りが這い上がって来る。
いや、駄目だ。落ち着け。焦って間違えても、俺は明日には居ないんだ。
目を閉じて、ひとつ大きく息を吐く。目を開けて、改めて素材の山を見た。
傷薬の薬草、虫綿、虫除けの花、地虫が多い。時期的に、他の物は少ない。
いつもより慎重に仕分ける。同じ薬草で、複数の薬になる物は、作る薬の種類と数を考え、別個に束ねる。
種類は、なるべく多い方がいいだろう。
注文を受けた訳ではないが、双魚は反古(ほご)に素材の数と種類を書き出した。何の薬が幾つできるか、計算する。一時間程呻って、種類と数を決めた。
お茶で一息入れ、改めて素材と対峙する。
双魚はゆっくり呪文を唱えた。