■薄紅の花 04.河口の街-22.視えない (2016年01月03日UP)

 魔力を持つ者が多ければ、この舞いの力で、街に巣食う雑妖の類は、一匹残さず出て行くだろう。だが、この街には元々、魔力を持つ者が少なく、その少数も魔道士狩りによって、更に減っている。
 カネの為に魔道士を狩る者達は、自分で自分の首を絞めていることを知らないのだろう。
 赤い衣で踊る華やかな舞いは、炎ではなく、【魔除け】であることも知らないのだろう。

 双魚は、あの日、自分を魔道士狩りに引き渡した男を思い出した。
 暗い路地で、雑妖に集られても平然としていた。あの男が偶々、半視力だったのか。あの時は、ここの言葉で「雑妖」を何と表すかわからず、聞きそびれた。今は、その答えを断言できる。
 このキートの街の住人には、雑妖が視えない。
 魔道士狩りをする人々は、視えないが故に魔力がないにも関わらず、あのような暗がりに身を置いて、平然としていられるのだろう。

 穢れが凝って発生する雑妖は、定まった形を持たず、実体もない。
 幽界からこの物質界に迷い込む魔物には、実体を持たないモノも居る。物質界の生物を喰らうことで、この世界での肉体を徐々に形成する。

 雑妖も魔物も、視えないからと言って、影響を受けない訳ではない。
 視えないモノ達にじわじわと蝕まれ、精神と肉体を損なわれる。蝕まれた精神からは、穢れが溢れ、更なる雑妖を生み出し、魔物を呼び込む。
 視えなければ、この世の肉体を得る前の魔物に気付くことはない。正面からでも易々と食われ、血肉を与えてしまう。
 視えたところで、魔力を持たない者には、この世の肉体を持たないモノを退治できない。逃げることが唯一の対策だ。
 双魚の故郷、ラキュス湖東地方では、物質と霊質が両方視え、魔力を持つ人が殆どだ。物質しか見えない人々は、半視力と呼ばれ、保護の対象となっていた。

 魔道士狩りをするような人だから、あの場所に居られたのか?
 あの場所に居たから、魔道士狩りになったのか……どっちだろう?

 神殿の前庭にも沢山の篝火が燃やされ、その周囲で大勢の巫女が舞っていた。神官が祭壇から、人々が持ちよったランプに火を分ける。
 順番を待つ者の背や肩に集る雑妖が、巫女が放つ【魔除け】の光を浴び、街の暗がりへ逃げた。
 猫島の亭主が、神殿で分けられた火を持ち帰り、太陽の再来を願う冬のどん底に灯を点す。雑貨屋の一家に付き合って、双魚も蝋燭の番をした。

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第04章.河口の街
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