■薄紅の花 04.河口の街-30.夏用の薬 (2016年01月03日UP)

 季節は移ろい、一年で最も長い太陽の日が来た。
 雑貨屋の商品も、先月から夏至祭用の物が増えている。夏の日差しを表す純白の布。魔除けの枝を束ねる白と赤の組紐。ここでは、魔除けの常緑樹の枝は、扱っていない。
 組紐は、白地に赤で魔除けの呪文が編み込まれている。作り手に魔力がないらしく、これ自体には効果がない。
 魔力を持つ人や、魔力を籠めた水晶を持つ人が帯びれば、一応、効果を発揮する。
 魔力がない人が大半でも、祭の中には魔術が継承されていた。
  
 双魚の作る薬も、夏用に変わっている。
 食中りの薬、虫除けの薬、皮膚病の薬等だ。
 先月は衣類の虫除け薬を大量に作った。魔除けの常緑樹の実が、大量に持ち込まれたからだ。
 濃紺の丸い実を潰し、虫除けの成分を抽出する。作業自体は簡単だが、目に染みる刺激臭には、閉口した。
 「まぁ、虫も食わねぇもんなぁ」
 亭主は、台所に立ちこめる臭いに顔を顰めながら笑った。物事にあまりこだわらない性質で、双魚は大いに助かっている。
 柵(しがらみ)の中に在っても、猫島夫婦の心は自由なように見えた。
 心が自由だからこそ、言葉や習慣が異なる地に移住し、船乗りになりたいと言った息子達を陸に縛りつけず、海へと送り出せるのだろう。
 山の民、三ツ矢が信を置くのも納得できた。

 この街キートでは、虫除けの薬がよく売れる。
 衣類には魔法が掛かっておらず、術で体と一緒に洗える者も少ない。
 季節毎に衣服を替え、それぞれに洗い替えが必要だ。予備や季節外れの衣服を棚や引き出し、物置に仕舞う。そこで、虫に齧られるらしい。
 虫除けの薬は、術を用いずとも作成可能だ。術で作った方が早く、より純度が高く、強力な薬ができる。
 評判が評判を呼び、双魚の虫除け薬は、飛ぶように売れた。原料の買取りも増え、更に売れた。
 実の収穫期が終わり、やっと一段落したところだ。
 キートは、海と川が近い為か蒸し暑く、蚊が多い。
 双魚は滅多に外へ出ない為、そうでもないが、亭主はよく刺されて帰って来た。
 蚊除けの薬は、粉を水に溶き、香水のように身体に振りかける。
 おかみさんは、原料の草と小瓶を大量に仕入れてきた。今、双魚は蚊除け作りに忙殺されている。
 毎朝の水汲み以外で、外へ出る事はない。最近は、両手にひとつずつ桶を提げて通っている。蚊除け作りに必要だからだ。
 双魚は、桶をふたつ運べるようになったのが嬉しく、力仕事も苦にならなかった。

 夏至祭の前日、各家庭では大掃除をして、身の回りを清める。
 雑貨屋も午後からは店を閉め、掃除をした。
 再来年にはここを発つ。
 節目の日に、双魚は思いも新たに自室を清めた。雑妖は居ないが、念の為【退魔】も唱える。
 「撓らう灼熱の御手以て、焼き祓え、祓い清めよ。
 大逵より来たる水の御手、洗い清めよ、祓い清めよ。
 日々に降り積み、心に澱む塵芥、薙ぎ祓え、祓い清めよ。
 夜々に降り積み、巷に澱む塵芥、洗い清めよ祓い清めよ。
 太虚を往く風よ、日輪翳らす雲を薙ぎ、月を翳らす靄を祓え」
 台所で水を起ち上げ、廊下へ出た。天井や壁など、普段は手が回らない場所を掃除して回る。棚の裏など、思った以上に埃が溜まっていた。
 ごっそり取れた綿埃が、水の中を漂う。水が埃を抱き込み、灰色になった。魔力を帯びた水が家中を巡る。
 家と店内を一巡する頃には、すっかり泥水になっていた。
 「毎日掃除してても、結構、残ってるもんなんだねぇ……」
 おかみさんが溜め息を吐いた。
 水から埃や細かいゴミを抜き、屑籠に捨てて掃除を終えた。
 「これ、棚の裏とか、いつもはできない所の埃なんで、他の所はキレイでしたよ」
 「そんなことないさ。ご覧よ、壁も床も天井も、見たことないくらいキレイになって……魔法ってのは、ホントに便利なんだねぇ。ありがとね」
 「いえ、そんな、いつもお世話になってますし、こう言う時くらいは……」
 おかみさんに言われ、双魚は改めて見回した。
 壁と天井の漆喰は白く、床板のくすみがなくなり、午後の光をやわらかく反射している。
 日暮れ時、帰宅した亭主が戸を開けて目を丸くした。
 「おいおい、どうしたんだ? 新築みたいじゃねぇか」
 「おかえり。双魚さんが手伝ってくれたんだよ」
 亭主は間の抜けた声を出しながら、家中をキョロキョロ見回す。双魚は夫婦の驚きぶりに、こそばゆい思いがした。

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第04章.河口の街
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