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■薄紅の花 04.河口の街-08.知の価値 (2016年01月03日UP)

 朝食後、三ツ矢と集めた素材で、香草茶を作った。完成した香草茶は一旦、麻袋に戻す。
 昨日の言葉通り、昼過ぎには註文の品が届いた。木箱を抱えた逞しい男が、何度も店と大通りを往復する。道が狭く、店の前まで馬車を入れられない。双魚が何か言う前に、おかみさんは手で制した。

 【無尽袋】があれば、一回で済むのになぁ……

 もどかしい思いで、汗だくになって木箱を運ぶ男を見た。木箱を運ぶ腕は、太く、筋肉が盛り上がり、汗と日焼けで光っている。男は運び終えると、おかみさんから受取に署名をもらって帰った。
 双魚は、おかみさんと二人で、木箱を台所に移動した。思った以上に重く、一箱を二人掛かりで運ぶ。
 運び終えると、手が震えて何もできなくなっていた。あの男は、汗を流していたが、平然と次の配達先に向かっていた。

 凄いなぁ……鍛え方が違うのかなぁ……

 掌大の小さな薬壺は、二十個入りが五箱。油紙が十束、小袋十枚一組が十束、細い紐が一巻、椰子油が甕ひとつ分。別の木箱には、天秤や薬匙など、薬を作るのに必要な器材が入っていた。
 運び入れた荷物を確めていると、手の震えは落ち着いてきた。
 香草茶を天秤で量り、薬匙で小袋に詰める。紐で口を縛ろうとしたところで、鋏がないことに気付いた。

 あぁ……俺、段取り下手だなぁ……

 軽く自己嫌悪に陥り、おかみさんに鋏を借りた。
 改めて、小袋に五杯分の香草茶を入れ、口を縛る。
 夕飯の支度が始まる前に作業を終えることができた。全部で三十七袋できたが、小袋はまだまだある。
 ひとまず、お茶の袋を木箱に乗せた。

 夕飯を食べながら、雑貨屋夫婦に香草茶の説明をする。
 このお茶は、怪我や病気を直接、癒す物ではない。飲むと体が温まり、風邪を引き難くなる。夏の間に作って、寒くなってから飲む。
 一度水抜きしてから蒸し、空炒りするだけなので、工夫すれば、魔法が使えない人にも、作れるのではないか。
 「成程ねぇ。後でもう一回、作り方を教えとくれ。帳面につけとくよ」
 「いいですよ」
 気安く答える双魚に、亭主が渋い顔をした。
 「あんまり、知識の安売りをするもんじゃないぞ。双魚さんは、それが商売道具なんだ。俺らは助かるが、それじゃ、双魚さんがあがったりだ」
 「えっ? あ、はい。気を付けます」
 わかったような、わからないような顔で返事をする。
 亭主は重ねて言った。
 「魔法使いさんには、ちとわかり難いかも知れんが、聞くだけ聞いてくれ。あのな……」

 魔力も知識も、嵩張らずにどこへでも持って行ける財産だ。
 役に立つことを知っていれば、それだけ暮しやすくなる。それで充分だと思うかもしれないが、知識にも、値打ちのある物と、そうでない物がある。

 「違い、わかるかね?」
 「えっ? ……さぁ?」

 役に立つ知識で、知っている人が少ない物は、価値が高い。薬の製法など、正にそれだ。
 この国には、魔法使いではない薬師の組合がある。薬の製法は、組合員だけの秘密で、そうでない者が薬を作れば、処罰される。

 「えぇッ!?」
 「まぁ、あんたは魔法使いで、魔法の薬だ。問題ない。組合が押えてんのは、魔法なしで作るやり方だ。お茶は薬の内に入らんから、まぁ、何とかなるだろう」
 亭主は静かに言い、双魚とおかみさんの不安を打ち消した。
 
 組合員の間で教え合うことはあるが、それも対価を支払わなければならない。知識も、他の財物と同じように扱われるのだ。また、誰でも作れるとは言え、薬草の目利きや分量など、習熟していなければ危険な面もある。
 薬草と毒草を間違えたり、強い薬を大量に使えば、癒すどころか、逆に命を落としかねない。
 安全の為にも、素人の製薬を禁じているのだ。
 この部分については、双魚も尤もだと納得できた。

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第04章.河口の街
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