■薄紅の花 04.河口の街-32.護身の術 (2016年01月03日UP)
夏至祭から半月過ぎた頃、三ツ矢が雑貨屋を訪れた。
「おっ? ちょっと見ない間に逞しくなったな」
店番をしていた双魚の変化に気付き、顔を綻ばせる。双魚は胸がいっぱいになり、何も言えなくなった。
たった一年、一緒に居て、同じくらい離れてただけなのに……
こんなにも懐かしく嬉しい。双魚には、それが不思議だった。
他に客はなく、二人でこの一年の出来事を話して、おかみさんの帰りを待つ。
「村の連中から、双魚にって預かって来たんだ」
三ツ矢は、袋から一揃いの服を取り出した。広げてみると、山の民の男装束だった。今、双魚が来ている湖東の服と、ほぼ同じ呪文が織り込んである。違うのは、【魔除け】が双魚の服より強力なだけだ。
「薬がよく効いたから、その礼だそうだ。俺からはこれだ。双魚のお陰で、孫が一端(いっぱし)の薬師になれたからな」
魔除けの護符を手渡された。薄く削った小さな石板に、魔除けの印が刻んである。
「ありがとうございます」
「なぁに、世話になったのは俺達の方だ。助かった。ありがとう」
途中、客が二人来た他、夏の午後は静かだった。
市場から帰ったおかみさんが、去年と同じように三ツ矢を歓迎する。夕方、現場から戻った亭主も同じだった。
一年振りの最下位で、夕飯を囲む食卓に笑顔が咲いた。
翌日、三ツ矢は手早く所用を済ませ、双魚と二人で河川敷へ赴いた。久し振りに街の外へ出る。双魚は融放感に心が躍った。
夏の日差しは強く、双魚の肌を焼く。河の流れは変わらず、穏やかだった。滑らかな川面を、荷を満載にした船が行き交う。
二人は、薬草を少しずつ摘みながら歩いた。
「無事でよかった。去年、物騒な話を聞いたから、心配してたんだ」
「……それが……その……」
迷ったが、双魚は魔道士狩りに遭った事を掻い摘んで話した。三ツ矢は足を止め、聞き入る。口を挟まず、一通り聞いて、重い口を開いた。
「思ったより、街の闇は深いんだな。どうする? 契約、早めに切り上げるか?」
「……いいえ。猫島さん達は、いい人なんです。それに、ここで逃げだしたら、この先どこへ行っても、逃げ回らなきゃいけなくなります」
今までは、子供だったから。
どうすることも出来なかったから、逃げるしかできなかった。
大人に守られ、その大人が居なくなれば、危険な何かから、ひたすら逃げてきた。
今は、違う。
双魚は顔を上げ、三ツ矢の目をしっかり見詰めて言った。
「上手く避けながら、暮してゆく方法を探したいんで、最後までやります」
「そうか。……呑まれんようにな」
「はい」
双魚は、医院で錨院長に頼まれた件を聞いてみた。
「う〜ん……どこも困ってるんだなぁ」
三ツ矢は同情しても、その情に流されることはなかった。
「薬を作るのは孫だし、主に卸すのは麓の街だ。俺が勝手に返事できんから、皆に聞いて、次に来る時まで待ってくれ」
三ツ矢は五日間留まり、毎日、双魚をラズヴィエトフリェーニェ河へ連れ出した。山の里でしてくれたように、人気のない場所で護身用の術を手融きする。
山で教わった【不可視(みえず)の盾】の応用、敵の進路を塞ぎ、逃げる時間を稼ぐ【真水(さみず)の壁】などだ。
三ツ矢は、双魚が人間を傷付けることに抵抗感がある為、積極的に「敵」を攻撃する術を教えなかった。山で教えた術も、双魚に危害を加えた魔道士狩り相手でさえ、使えなかったのだ。
「ホントは、この類の術を使うより、術を使わなくて済むように、危険な状況を避ける方が大事なんだ」
「どうやって避ければいいんですか?」
「自然が相手なら、周囲の状況をよく見ること。人が相手なら、人を見る目を養うことと、結果の予測……先の見通しを立てることだな」
どちらも、双魚にはまだまだ、知識と経験が不足していた。
雑妖に集られた人物を避けると言うことなのか。どうしても避けられない相手なら、どうあしらえばいいのか……まだまだ、わからないことだらけだ。
山の里に帰る直前、術の説明を記した紙片を五枚、手渡した。
「また来年も来る。達者でな」
「はい、お元気で」
三ツ矢が山へ帰ると、雑貨屋にはいつもの日常が戻り、日々はまた、淡々と過ぎた。